宮沢賢治の代表作『風の又三郎』あらすじ考察 教科書掲載の名作 絵本も紹介

風の又三郎 散文のわだち
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風の又三郎』と言えば、宮沢賢治が死んだ翌年に発表された晩年の代表作です。

今でも本作をモチーフにした映像や音楽が創作されるなど、普遍的な人気を博す小説です。

ころが主人公の三郎が人間なのか妖精なのかは最後まで明かされないため、非常に難解で不思議な作品でもあります。

三郎の正体や、彼と過ごす子供たちの心情の変化に注目しながら解説していきます。

『風の又三郎』の作品概要

作者宮沢賢治
発表時期1934年(昭和9年)
ジャンル童話、短編小説
テーマ自然科学と子供の成長

読書が苦手、時短したい・・・

『風の又三郎』の300字あらすじ

あらすじ

谷川の小学校に歪な転校生・三郎がやって来ます。赤髪で標準語のため、田舎の子供たちは異質感を抱き、土着の風童神である「風の又三郎」だと言って揶揄します。彼らは内心は三郎に対して好奇心を抱いてはいますが、文化の違いからなかなか打ち解けることができません。

しかし危険な野遊びを共にする中で、次第に三郎はクラスメイトたちと打ち解けていきます。その時々で、クラスメイトたちは三郎の不思議な姿を目撃します。土手の外で迷子になった喜助は、ガラスのマントと靴を履いて空を飛ぶ三郎を見ました。あるいは葡萄狩りで討論になった時の三郎は、風を操っているような現象を見せます。あるいは危険な川遊びをするうちに、クラスメイトたちは仲間を守ったり分け与えることを覚えていくのでした。

三郎が転校して来て12日目の、とても風が強い朝。奇妙な夢と胸騒ぎに襲われたクラスメイトの一郎は、又三郎が飛んでいったかもしれない、という不思議な考えを抱きます。急いで投稿した一郎は、三郎が週末の間に引っ越した事実を知ります。一緒にいた喜助は、「やっぱりあいつは風の又三郎だったんだ」と納得するのでした。

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▼ちなみに原作は漫画です。

『風の又三郎』の個人的考察

個人的考察

SF作品を作り替えた完成した童話?

本作『風の又三郎』は非常に幻想的な作品であるにもかかわらず、又三郎が何者なのかが明かされない不思議な物語になっています。

それと言うのも、実は『風の又三郎』は、宮沢賢治が初期に執筆したいくつかの作品を組み合わせて、元のSF的な要素を薄めた現実的な物語に作り直したからです。

初稿とも呼べる『風野又三郎』という作品の時点では、岩手・福島・新潟に伝わる風童神「風の三郎様」をモチーフに、精霊のSF的な冒険談が描かれていました。そこに村の子供たちの生活を描いた別作品を組み合わせることで、正体不明の又三郎と交流する子供たちの物語になったのです。

しばしば教科書にも掲載される『風の又三郎』は、子供たちの成長というテーマから絵本でも親しまれています。

それのみならず、宮沢賢治の多くの童話は絵本シリーズとして出版されているので、気になった方はチェックしてみてください。

三郎は一体誰だったのか?

たった12日間だけ転校して来て、すぐに去っていった三郎でした。一体彼の存在は何を表現していたのでしょうか?

本作の基になった初期の作品『風野又三郎』では、又三郎は明確に風の精です。一方で、本作では都会からの転校生という人間的な設定が強いです。しかし、時々風の精のような一面を露呈するため、果たして三郎は人間なのか妖怪なのか、はっきり分かりません。

個人的な見解としては、転校生の「高田三郎」と、妖精である「風の又三郎」は別人だと思います。別人ではありますが、「転校生」と「風の精」という2つの存在が、共に子供たちの成長段階に影響を与えるため、同一視してしまうカラクリになっているのだと思います。

都会の転校生という異質な存在と接触することで、子供たちは成長します。そこに、「風の精」という不思議な存在を用いて、成長段階には見えたけど、成長すれば見えなくなる、という要素を加えることで、物語に幻想的な味付けしたのではないでしょうか。

転校生「三郎」が与えた影響

都会から来た転校生は、田舎の子供たちにとって異質でした。容姿も違えば、方言も習慣も異なります。そのため、子供たちは当初三郎の存在に困惑します。

異質なものが自分たちのコミュニティに入って来ることで、耕助のように敵意を剥き出しにする子供さえいました。

しかし、最終的には子供たちは三郎の存在を受け入れ、仲間と認識するようになります。

要するに、異質な存在を受け入れるという子供の成長を、転校生という設定を使って表現しているのでしょう。

都会から来た三郎は、田舎の子供たちよりも幾分か成熟しています。鉛筆を失くした佐太郎に対して、三郎は自分の鉛筆を与えます。それを見ていた一郎は言葉にできない気持ちになります。

一郎は三郎の行動によって、「自分が損をしてでも他人に与える」という人間的な優しさを学んだのです。

事実、葡萄狩りに行った帰り際に、一郎は自分の取った葡萄を三郎に分け与えます。

すると三郎も栗をみんなに分け与えます。このようにして、子供たちは互いに分かち合うことを学び、ひとつ成長したのです。

他にも、三郎が怒りではなく笑いによって喧嘩を治めることで、攻撃的だった耕助との関係性が良くなります。あるいは、嘉助自ら三郎を野遊びに誘おうと提案するようにもなります。専売局の人間が三郎を捕まえに来たと勘違いした時には、三郎のことを仲間で囲んで隠そうとします。

異質な存在を自分のたちの内側に入れて、尚且つ守ろうとする子供の成長が見られます。

このように、転校生という異質な存在を受け入れる段階で、子供は多くを学び、成熟していくことが、この物語のテーマなのだと思います。




「風の又三郎」が与えた影響

一方で、風の精の存在も子供たちに影響を与えます。実在するか分からない風の又三郎は、度々子供たちを危険な目に合わせます。

一度目は、嘉助が土手の外へ出て死にかける場面です。

嘉助が馬を追いかけて霧の中に迷い込んだ際に、急に天候が悪くなります。昏倒してしまった嘉助は危うく命を落とすところでした。

曖昧な意識の中で嘉助は、ガラスのマントと靴を身に付けた風の又三郎が空を飛んでいく姿を目にします。そして、気がつくと側には見失ったはずの馬がいました。

これらは全て、風の又三郎の仕業だと考えられます。

初期の『風野又三郎』では、悪戯で風を起こして迷惑をかけることもあるが、その申し訳なさから、お返しに別のものを運んであげるという場面が描かれています。

この特徴を踏まえると、風の又三郎は、嘉助を霧の中に迷い込ませて昏倒させたことを申し訳ないと思い、逃げた馬を連れ戻してくれたと考察できます。

ちなみに、命拾いの経験をした嘉助は、翌日の葡萄狩りには自主的に三郎を誘うようになりました。

あるいは、川遊びにおいても、鬼ごっこをしている途中に天気が悪くなります。子供たちは慌てて木の下に駆け込みます。成熟した三郎ですら身の危険を感じます。それまでに子供たちは、発破や山椒の粉などを使った違法漁に挑戦したり、かなり危険な遊び方をしていました。そのため、風の又三郎が自然の脅威を子供たちに経験させ、誤った遊び方をしないよう正してくれたのだと思います。川でスコールに遭遇したら、普通に死ぬ可能性がありますしね。

このように、風の又三郎が起こす自然のエネルギーによって、子供たちは危険を学び、あるいは友情を深めたり、相手を気遣う考えを培ったりします。

宮沢賢治の背景には自然科学と、独自の宇宙観が存在します。それらの観点から考えても、自然のエネルギーによって子供が成熟していくことが、この物語の重要なテーマだと思われます。

「転校生」と「自然」によって成長する子供たちの14日間が描かれていました。両方が相乗効果的に子供たちに作用しているため、「高田三郎」と「風の又三郎」の存在が重なり合い、物語が幻想的に感じられるのでしょう。

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