シェイクスピア『ヴェニスの商人』あらすじ解説|ユダヤ人差別の戯曲

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ヴェニスの商人1 イギリス文学

シェイクスピアの戯曲『ヴェニスの商人』は、ユダヤ人との金銭をめぐる裁判を描いた喜劇である。

商人のアントーニオは、ユダヤ人のシャイロックから金を借り、期日までに返済できなければ体の肉1ポンドを与える、という契約をしてしまい、裁判で熾烈な争いが繰り広げられる。

そこにはユダヤ人に対する差別感情が含まれ、物語があまりに胸糞悪く、現在では悲劇として扱われることが多い。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察していく。

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作品概要

■新潮文庫

■光文社古典新訳文庫

作者シェイクスピア
イギリス
発表時期  1594年から1597年  
ジャンル戯曲
ページ数156ページ
テーマユダヤ人差別
人肉裁判
喜劇か悲劇か

あらすじ

あらすじ

舞台はイタリアの水上都市ヴェネツィア。

商人のアントーニオは、友人のバサーニオから金を貸して欲しいと頼まれる。バサーニオは富豪の娘ポーシャを愛しており、求婚に先立って金が必要だったのだ。しかし貿易商人であるアントーニオの財産は航海中の商船に積んであり、今すぐは用立てできない。そこでユダヤ人の金貸しシャイロックに代わりに借金してあげる。

シャイロックはアントーニオを憎んでいる。人種を理由に日頃から差別され、金貸しの仕事を邪魔されていたからだ。その鬱憤からシャイロックは、もし期日までに返済できなければアントーニオの人肉を1ポンド頂くという恐ろしい契約に同意させる。

不幸にもアントーニオの財産を積んだ船が難破し、返済が間に合わなくなる。それを聞いたシャイロックは復讐の機会を得たと喜ぶ。

その頃バサーニオは、富豪の娘ポーシャに求婚していた。ポーシャは父の遺言通り、金、銀、鉛3つの小箱から正解の鉛を選んだ相手と結婚することになっていた。バサーニオは見事鉛を選んで結婚を勝ち取る。そしてポーシャから結婚指輪を受け取り、何があっても失くさないと約束する。

アントーニオとシャイロックの肉1ポンドをかけた裁判が始まる。既にシャイロックは金ではなく復讐を望んでいた。そこへ若い法学者に変装したポーシャが現れる。ポーシャの弁論によると、契約した以上シャイロックには肉1ポンドを頂く権利がある。ただし肉だけであって、1滴たりとも血を奪うことは許されない、という見事な頓知でシャイロックを観念させる。さらに殺人未遂の罰としてシャイロックから全財産を没収し、ユダヤ教からキリスト教に改宗させる。

バサーニオは法学者の正体が、妻になったばかりのポーシャだと気づかず、友人を救ってくれたお礼をしたいと申し出る。ポーシャは彼を困らせるために、絶対に失くしてはならないと約束させた指輪を要求する。バサーニオは仕方なく与えてしまう。

宮殿に戻ったバサーニオは、指輪を失したことをポーシャに打ち明けて謝罪するが、実は彼女が法学者に変装していたことが明らかになり、指輪を返してもらう。さらにアントーニオの船が難破していない事実も発覚し、彼らは幸福な結末を迎えるのだった。

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個人的考察

個人的考察-(2)

創作背景(ユダヤ人差別)

シェイクスピアは、15世紀末から16世紀初頭にかけて活躍した英国の劇作家である。

彼の戯曲は今もなお語り継がれ、史上最も偉大な劇作家と呼ばれている。

四大悲劇の『ハムレット』『マクベス』『オセロ』『リア王』、そして『ロミオとジュリエット』に代表される通り、シェイクスピアといえば悲劇作家の印象が強く、時期を経るごとに重くて暗い作風に円熟していく。

しかし初期は主に喜劇を執筆しており、『ヴェニスの商人』も喜劇の1つだったが、それが時代と共に物議をかもすことになった。

ユダヤ人差別を喜劇的に扱う物語が問題視されるようになったのだ。

物語はバサーニオとポーシャの恋愛、そしてアントーニオとシャイロックの人肉裁判が、シェイクスピアお得意のドラマチックな仕掛けで展開する。だがそこにはユダヤ人に対する悪意あるステレオタイプが含まれている。

ユダヤ人のシャイロックは強欲な悪役に仕立て上げられ、犬畜生呼ばわりされたり、唾を吐きかけられたりする。その理由は彼がユダヤ人であり、金貸しという低俗な仕事をしているからだ。裁判中には彼はまるで人間ではないような侮辱を浴びせられ、最終的には貸した金どころか全財産を没収され、キリスト教に改宗までさせられる。

まるでユダヤ人に対してなら何をしてもかまわない、といった人種差別が作中で平然とまかり通っているのだ。

こうした差別的な内容が20世紀になると物議をかもし、人権団体が抗議活動を行い、図書館や学校から『ヴェニスの商人』を排除するための訴訟が勃発した。裁判の結果、排除までは至らなかったが、今でも欧米の教育現場では本作を意識的に避ける傾向がある。

ドイツのある詩人は、本作を「シャイロックの悲劇」と呼び、実際に現在ではシャイロックを主人公にした悲劇の物語として舞台で上演されることが多い。

かつて本作はユダヤ人を成敗する喜劇として大衆を沸かしていた。それが今では人種差別を訴える悲劇として大衆の涙を誘うのだから、非常に複雑な経緯を持った作品である。

そもそもユダヤ人差別を描いた本作が、なぜ当時は喜劇として受け入れられていたのか。

それを理解するにはユダヤ人の迫害の歴史を知る必要がある。次章にて詳しく解説する。

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ユダヤ人迫害の歴史

『ヴェニスの商人』では、ユダヤ教とキリスト教の対立構造のもと、ユダヤ教が圧倒的な悪者として描かれる。

それは当時のヨーロッパでユダヤ人が迫害されていたからだ。

まず前提として、ユダヤ教とキリスト教(あとイスラム教も)は、同一の神を信仰する一神教だということを理解する必要がある。

最初に誕生したのはユダヤ教だ。いわゆるアダムとイブや、ノアの方舟などの神話に代表される、ユダヤ人のためだけの宗教である。

そのユダヤ教徒の中にマリアという女性が存在した。ある時、彼女は大天使ガブリエルから受胎告知を受け、処女のまま妊娠する。それで生まれたのがキリストだ。当初はキリストもユダヤ教徒のひとりとして修行していたが、やがて彼は独自の宗教観を見出す。それはユダヤ人だけでなく全ての人間が救われるという考えだ。その結果、新たに誕生したキリスト教は、ユダヤ人のみならずヨーロッパ全土に広く普及することになった。

つまりユダヤ教とキリスト教は全く別の宗教ではなく、あくまで派生したものなのだ。

しかしユダヤ教からすれば、勝手に派生したキリスト教は異端であり、認められない。実際にキリストが民衆の支持を集め出すと、ユダヤ教徒は彼を反逆者と唱えるようになる。また当時ヨーロッパで最も力を持っていたローマ帝国にとっても、妙な動きをするキリストが目障りだった。この二者の共通の敵になったことで、キリストは処刑された。そのためキリスト教徒からしても、ユダヤ教は「キリスト殺し」の因縁を持つ敵である。だから両者は長きに渡り対立しているのだ。

そしてここからは、なぜユダヤ人が迫害されるようになったかを解説する。

当時ユダヤ人はローマ帝国に支配され、奴隷のように扱われていた。実はキリストが一部のユダヤ人から支持を集めたのも、彼がローマ帝国からの解放をもたらす救世主だと期待されていたからだ。しかしキリストは博愛を説くばかりで独立を指揮することはなかった。(それがユダの裏切りの原因と言われている)その結果ユダヤ教徒が自ら立ち上がり反乱を起こす。だがローマ帝国に鎮圧され、反乱を企んだ罰としてユダヤ人はイスラエルから追放される。

故郷を失ったユダヤ人は、ヨーロッパ全土に散り散りになり、どこの土地でも異邦人扱いされ差別を受ける。そしてキリスト教において最も卑しい職業とされる、金貸しの仕事を押し付けられる。金を貸して利子を取る行為は、キリスト教において禁止されており、最低身分の人間がやる仕事だったのだ。だが実際問題、迫害されたユダヤ人は他の職に就くことができず、仕方なく金貸しをしていた。

そう、『ヴェニスの商人』でユダヤ人のシャイロックが金貸しを生業にし、それを周囲から非難されているのは、こういう歴史的背景があったからだ。宗教道徳に反する金に汚い人種として彼らは差別されていたわけだ。

迫害されたユダヤ人は金貸し以外の職に就けなかったにもかかわらず、それを卑しい仕事と非難されていたのだから理不尽だ。(後にナチスがユダヤ人を虐殺したのも、彼らが金貸しでドイツ国民を苦しめている、という仮想的に利用されたからだ)

ちなみにキリスト教はヨーロッパ全土であまりに盛んに信仰されたことで、最終的にローマ帝国はキリスト教を国教として認める。それで圧倒的な権威を獲得したキリスト教こそ神聖で、迫害されたユダヤ教は邪教という固定概念が根付いてしまったのだ。

以上の経緯を知れば、当時『ヴェニスの商人』が喜劇として受け入れられていた理由が分かるだろう。悪者のレッテルを貼られたユダヤ人を成敗する物語は、当時の西洋人にとっては痛快な正義の物語だったわけだ。

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シャイロックの人道的な主張

正直、現代の価値観からすれば、シャイロックを徹底的に傷めつける本作は胸糞が悪い。

彼はユダヤ人というだけで差別され、金貸しの商売客さえ奪われていた。誰かがシャイロックに金を借りようとすれば、アントーニオが妙な正義感を振るって邪魔していたのだ。キリスト教では利子を取ることが禁止されている、だからこんな悪どいユダヤ人から金を借りずに、友人である私から無利子で金を借りなさい、といった具合に。

金貸しの職しか持てないのに、その商売客を奪われるとなると死活問題だ。だからシャイロックがアントーニオを恨む気持ちは理解できる。

その結果、二人は肉1ポンドをかけた裁判で争うことになる。そしてこの裁判でシャイロックが口にした台詞こそ、虐げられた民族の思いを代弁するものとして、現代ではその文学的価値が認められている。

あの男は、おれに恥をかかせた(中略)おれの仲間を蔑み、おれの商売の裏をかく、こっちの身方には水をかけ、敵方はたきつける––––それもなんのためだ? ユダヤ人だからさ・・・

『ヴェニスの商人/シェイクスピア』

ユダヤ人は目なしとでも言うのですかい? 手がないとでも? 臓腑なし、五体なし、感覚、感情、情熱なし、なんにもないとでも言うのですかい?(中略)何もかもキリスト教徒とは違うとでも言うのかな? 針でさしてみるかい、われわれの体から血が出ませんかな? くすぐられても笑わない、毒を飲まされても死なない、だから酷い目に会わされても、仕返しはするな、そうおっしゃるんですかい?

『ヴェニスの商人/シェイクスピア』

この台詞は最終的に、もしキリスト教徒がユダヤ人から酷い目に会わされたら仕返しするのだから、ユダヤ人にだってキリスト教徒に復讐する権利がある、という乱暴な主張に帰結する。

だが彼の台詞には奇しくも、人種や宗教が異なれど、全ての人間は同じ生き物であり、卑しめたり傷めつけたりする権利はない、という人道的な文脈が込められている。

さらに肉1ポンドを奪うなど無慈悲だという指摘に対しシャイロックは、お前ら貴人だって屋敷に召使や奴隷を飼って彼らを乱暴に扱い、この奴隷は金で買ったのだから自由に扱う権利がある、と自分の無慈悲を正当化する、ならば俺が借金の肩代わりに肉1ポンドを頂くのだって金で買ったのだから自由だ、という主張を投げつける。この台詞にも、階級社会に対する痛烈な批判が込められている。

またポーシャが法律家に変装して裁判に乗り込む場面で、彼女がアントーニオとシャイロックを見て、どちらがユダヤ人ですか、と尋ねる台詞にも、見た目では人種の違いを判別できないという人種差別に対する皮肉が込められているように解釈できる。

果たしてシェイクスピアは、反ユダヤ主義の立場で執筆したのか、それともユダヤ人に対する差別に批判的な立場で執筆したのか、真偽は定かではない。だが偶然か必然か、悪者のレッテルを貼られたユダヤ人に人道的な台詞を与えたことで、今日ではシャイロックを主人公とする悲劇の物語、人種差別を批判する人道的な物語として受け入れられている。

とはいえ、やはり現代の価値観からすれば、悲劇として読んでも胸糞が悪い結末だ。

裁判で敗北したシャイロックは、せめて貸した金だけでも返して欲しいと頼むが、その要求は認められない。むしろ全財産を没収され、死罪を言い渡される。最終的にアントーニオの案で死罪ではなく、キリスト教に改宗する条件で放免される。それがあたかもキリスト教の慈悲のように描かれ、ハッピーエンドのように終幕するのだから、正直気持ちが悪い。

またシャイロックには娘がいるのだが、父親が改宗したおかげで彼女は幸福になれる、といった偽善が平気で通用しているのも怖い。

このキリスト教の傲慢さに、当時の人々は何の違和感も抱かず、正義の物語として歓喜していたのだから、人間の道徳観ほど脆くて恐ろしいものはない。

本作は差別的な表現物として避けられる傾向があるが、個人的には、人類の差別の歴史を訴える負の遺産として、後世に伝えていくべきではないかと考える。

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