太宰治『パンドラの匣』あらすじ解説|タイトルの意味とは

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パンドラ 散文のわだち

太宰治の小説『パンドラの匣』は、戦後最初に書かれた長編小説です。

「健康道場」という結核療養所を舞台に、敗戦後の日本人の心境が描かれています。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。

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作品概要

作者太宰治(38歳没)
発表  1946年(昭和21年)  
ジャンル長編小説
ページ数146ページ
テーマ戦後の日本人の希望
恋愛模様

あらすじ

あらすじ

敗戦後の日本が舞台である。玉砕放送を聞いた主人公が感じたこと、それは自分が「新しい男」に生まれ変わったという突飛な感覚であった。

そんな主人公は結核のため、「健康道場」と呼ばれる療養所に入院することになる。道場では患者や看護師があだ名で呼び合い、主人公には「ひばり」という名が付けられた。

健康道場には様々な人間がいるのだが、とりわけ患者たちに人気なのは、看護師のマア坊と竹さんだ。マア坊は患者と愛想良く打ち解ける可愛らしい女性だ。一方で竹さんは無口な働き者で気品があるのだが、「ひばり」は全然美人ではないと思っている。

単調な療養生活の中で、時々マア坊や竹さんは、主人公の「ひばり」に思わせぶりな態度をとる。「ひばり」は二人の親切を面倒に思い、軽薄な態度を取っていたが、竹さんが院長と結婚する事実を知りショックを受ける。内心では竹さんに好意を抱いており、しかし好き過ぎるゆえに、わざと軽薄な態度を取っていたのだ。だが最終的に「ひばり」は、竹さんの幸福を心から願いたいと思った。

「新しい男」という自負によって健康道場に明るい空気を持ち込もうと努力していた「ひばり」だが、最終的にはその看板を下ろすことにする。なぜなら、日の当たる場所に植物の蔓が伸びるのではなく、植物の蔓が伸びた場所に日が差すのだと気づいたからだ。

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個人的考察

個人的考察-(2)

読者の日記を題材にした小説

本作『パンドラの匣』は、太宰の熱心な読者、木村庄助の病床日記が題材になっている。彼は無名の一般人であるが、頻りに太宰に書簡を送り、太宰は彼の文才を認めていたようだ。

そんな木村庄助は病苦により22歳で自殺する。遺言には、病床日記を太宰に送付するよう記されていた。そういった経緯で、太宰は彼の日記を題材に小説を書き上げたのだ。

当初、本作は『雲雀の声』という題で発表する想定だったが、戦時中のため校閲の許可が下りなかった。さらに発表の見通しが立つやいなや、戦災で本が全焼してしまう。その時に残った校正刷を元に、戦後に執筆し直したのが、本作『パンドラの匣』なのだ。

だが戦後に改めて発表される際も、GHQの検閲によって数箇所が削除されたようだ。特に天皇に対する表現や解釈が検閲の対象になったと言われている。

ちなみに、戦時下に書かれた病床日記を、戦後の物語に作り替えているため、やや時代錯誤的な要素が含まれている。例えば「健康道場」のような精神主義の療養所には違和感があるし、天皇に対する表現も危うい部分がある。そういう意味では、戦時下と戦後の概念が入り混じった歪な内容だが、発表までに時間がかかった経緯を考慮に入れると納得できる。

以上の背景を踏まえて物語を考察していく。

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主人公が目指した「新しい男」とは?

玉砕放送を聞いた主人公は、新たな世界に足を踏み入れた感覚になる。別の自分に生まれ変わった気がしたのだ。作中では「新しい男」という言葉で表現されている。

言うまでもなく、これは敗戦がもたらした心境の変化である。軍国主義に支配された国民は、敗戦によって新たな価値感の中に放り出された。実際的にGHQの支配によって、憲法も道徳も死生観も180度変化したのだ。そうした時代の変遷の中で、主人公は次の時代に適した「新しい男」としての生き方を決心をしたのだ。

では戦後の日本人を象徴する「新しい男」とは、一体どのような生き方なのか?

純粋性や正直さを重宝する生き方らしい。

ひとの行為にいちいち説明をつけるのが既に古い「思想」のあやまりではなかろうか。無理な説明は、しばしばウソのこじつけに終わっている事が多い。

『パンドラの匣/太宰治』

本当にもうこれからは、やたらに人を非国民あつかいにして責めつけるようなものの言い方などはやめにしましょう。

『パンドラの匣/太宰治』

戦時下の国民は、権力者の強いる欺瞞の中で互いに監視し合っていた。しかし次の時代には、他人の言動を監視し、「非国民扱い」するなど古い思想なのである。

つまり「新しい男」とは、正直な感情に従って行動する、自由な生き方なのだろう。

主人公に付けられた「ひばり」というあだ名にも、大空を高く飛び回る「雲雀」という自由の象徴が取り入れられている。

一方で「ひばり」は、自分に正直な「新しい男」を自負しつつも、竹さんに対する恋心には嘘をついていた。新たな自分に生まれ変わったつもりが、彼の中には未だ虚勢や頑固さが残っていたのだ。そこには、自由に生きようと努力する反面で、自由の中に放り出され困惑する、当時の日本人の心境がメタファー的に描かれているのだろう。

詳しくは次章にて考察する。

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戦後の日本人が抱えた虚無感

敗戦によって軍国主義が崩壊し、民主主義の自由な時代が訪れた。だがその自由は当時の日本人を困惑させた。これまで信じてきた道徳が突如紛い物だったと知らされ、まるで生きる指針を見失ってしまったからだ。

作中には「天皇」について記述が為されるが、まさに敗戦後の日本人が失ったのは、「天皇」に対する献身の美学である。彼らは既に自分の命を「天皇」に捧げた身だったのだ。ところが敗戦後のGHQによる支配によって、「天皇」は単なる象徴になった。これまで日本人が命を捧げてまで信じてきた思想が打ち砕かれ、心に空白ができたわけだ。実際に戦後の日本人には、自分は生き残ってしまった、という虚無感が蔓延していたらしい。一度は天皇に捧げた命を突き返され、心の在処が分からなくなったのだ。アイデンティティクライシスである。

このように、唐突な価値観の変化によって生きる指針を失った日本人は、自由の中で迷走する羽目になった。国全体が同じ方角を向いている場合は、それが欺瞞であっても、従うだけで希望を感じられる。しかし全くの自由の中では、前後左右どちらに足を踏み出せばいいか分からなくなってしまうのだ。

そうした敗戦後の日本人の絶望が、作中では健康道場の患者の境遇と重ねて描かれているのだろう。つまり、病に侵された彼らは、何に希望を見出せばいいか分からなくなっているのだ。

それでもひばりは、「新しい男」としての生き方を自分に言い聞かせ、健康道場に明るい雰囲気を持ち込もうと努力していた。

しかし、ひばりは最後には「新しい男」としての看板を下ろしてしまう。なぜなら無理に希望を見出さなくても、自然と人々が進む方角に光が差すことに気づいたからだ。

「私はなんにも知りません。しかし、伸びて行く方角に陽が当たるようです。」

『パンドラの匣/太宰治』

これは、植物の蔓は陽の差す方角に伸びるのではなく、蔓が伸びる方角に陽が差す、という意味を表した一文である。

自分が無理に明るい風を演じずとも、患者や竹さんやマア坊は自然と生活の中に些細な希望や幸福を見出している。つまり、人間には絶望などあり得ず、どんな状況でも一縷の希望を自然と見つけ出すと、ひばりは気づいたのだろう。

人間は不幸のどん底につき落され、ころげ廻りながらも、いつかしら一縷(いちる)の希望の糸を手さぐりで捜(さが)し当てているものだ。

『パンドラの匣/太宰治』
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タイトルに込められた意味

最後にタイトルにもなる「パンドラの匣」 について考察する。

パンドラの匣とは、ギリシャ神話に出てくる物語である。絶対に開けてはならず、一度開けてしまえば、その人間は永遠に不幸になってしまう、という有名な話だ。

しかし物語には続きがある。実はパンドラの匣の隅には、小さい光る石が残っていて、その石には「希望」という文字が記されているのだ。

まさに本作の主人公「ひばり」が、療養生活を通して見出した結論を象徴している。

つまりパンドラの匣は、新しい時代への入り口を意味しているのだろう。一歩足を踏み入れば、これまでの信念や幸福は損なわれる。だがそれは絶望ではない。なぜなら、見落としてしまうそうな場所に幸福が落ちているからだ。

実際に「ひばり」は、療養生活という陰鬱とした雰囲気の中で、無理に希望を見出そうとしていた。しかし最終的にはそんな努力は必要ないと気づいた。

不幸に取り憑かれた者は、必死になってあらゆる方角に希望を見出そうとするが、案外希望というものはすぐ近くに落ちているということなのかも知れない。

なるほど、太宰にしてはえらく希望的な長編小説である。だがこの作品を最後に、太宰は二度と希望的な小説を書かなくなった。彼の辿った道は破滅である。ともすれば、果たして希望とは何なのか、深く考えさせられる・・・。

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