谷崎潤一郎エピソード|変態マゾの足フェチ 妻の妹を溺愛

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文豪のわだち

未時末期から昭和初期まで活躍した文豪・谷崎潤一郎。

女体美やマゾヒズムや性嗜好などのエロスを主題に描き、度々世間を驚かせました。

これは文学か猥褻か、という審議をかけられたこともあります。

本記事では、そんな谷崎潤一郎の変態的なエピソードを紹介します。

ブログ筆者
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あまり知られていない谷崎潤一郎の生涯を徹底機に解説します!

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谷崎潤一郎のプロフィール

谷崎潤一郎
出典:wikipedia
ペンネーム  谷崎潤一郎(79歳没)  
生没1886年ー1965年
出身地東京都中央区日本橋
主題女体美
マゾヒズム
美とエロス
代表作『刺青』
『痴人の愛』
『卍(まんじ)』
『春琴抄』

▼参考文献

時代に逆らった作風で有名に!

明治末期に永井荷風によって見出されたことで、文壇において地歩を固めた谷崎潤一郎。

明治末期に『刺青』で文壇に名を知らしめ、大正時代から太平洋戦争後までの激動の時代を活動的に生きた作家です。

当時の文豪は裕福な家庭に生まれたイメージが強いですが、谷崎潤一郎の場合は親が事業に失敗したため、貧しい環境で持ち前の学才によって文壇に上り詰めたエリートになります。

彼の作品には自身のマゾヒズムやフェチが描かれており、ある種女性に献身的であることの美徳を追求した作家であります。時に彼の主題はフェミニズムの観点から考察されることもあります。

当時は自然主義文学が主流で、私小説が日本文学のメジャーな分野として形成され始めていました。田山花袋が西洋の自然主義文学の解釈を間違えて、『蒲団』『少女病』など自身の性の葛藤を赤裸々に描いたことが、私小説の始まりだと言われています。とりわけ、作者自身の陰鬱とした葛藤を描くことこそが芸術だ、という風潮があったようです。

そんな中で登場した谷崎潤一郎は、時代の流れに逆らった、物語の筋を重視した反自然主義的な作風によって、時代の寵児と呼ばれるようになります。ただし物語性を重視する故に、「思想がない」「俗世間との対決がない」などの批判を受けることも多かったようです。

私小説史観から離れた場合には、谷崎潤一郎の反自然主義的な作風は、18世紀フランス文学のような人間認識、小説の世界観が豊潤、などと高く評価されています。

芥川vs.谷崎論争

反自然主義の立場で、小説の物語性を重視した谷崎潤一郎は、物語性がなくとも芸術的価値を高めることができると主張する芥川龍之介と論争になりました。

これが有名な「芥川vs.谷崎論争」です。

谷崎の作品に対して、「筋の面白さが作品そのものの芸術的価値を強めるということはない」と芥川が主張したのがことの発端でした。

対する谷崎は「饒舌録」にて反論を記し、芥川は「文芸的な、余りに文芸的な」の題でさらに異論を記しました。

谷崎は構造の美しさという観点から、「筋の面白さを除外するのは、小説と云う形式が持つ特権を捨ててしまう」と主張しました。一方で、芥川龍之介は「話らしい話のない小説こそが小説の価値を定める」と言及しています。

「話」らしい話のない小説は勿論身辺雑事を描いただけの小説ではない。それはあらゆる小説中、最も詩に近い小説である。しかも散文詩などと呼ばれるものよりも遥かに小説に近いものである。

文芸的な、余りに文芸的な/芥川龍之介』

要するに、詩的な精神を有する小説こそが純粋な芸術としての小説だと芥川は考えていたのでしょう。

結局二人の論争は決着がつかないうちに、芥川龍之介が自殺してしまいます。

二人の論争に興味のある方は、下記書籍を読んでみてください。

この小説に対する芸術的な価値観は今もなお対立しており、永遠の論争テーマなのでしょう。

作品の芸術性を重視する「芥川賞」と、大衆的な物語性を重視する「直木賞」が、名誉ある二大文学賞であることからも、相入れない論争であることが判ります。

耽美派を超えた悪魔主義

谷崎潤一郎の作風は一般的に耽美主義と言われています。道徳功利性を排除して、ひたすらに美を追求するジャンルです。彼の描くマゾヒズムやフェティシズムの美は確かに道徳を超越しているかもしれません。

美しい女性の奴隷になりたい、という作者の願望が最も現れたのは代表作『痴人の愛』でしょう。美しい少女ナオミを自分の理想の妻に育てようとしたものの、彼女の小悪魔的なエロティシズムに誘惑され、最終的には絶対服従を誓う男の物語です。自分が四つん這いの馬になって、ナオミを背中に乗せたがる場面はマゾの性癖が滲み出ています・・・。

こういった道徳問題を排した美の追求は、耽美主義をも超越した悪魔主義と呼ばれるようになります。道徳を逸脱した存在(悪女)を崇拝する、ひとつの主義になったということです。

その後もマゾヒズムをテーマに執筆を続けますが、極め付けにはもはやマゾではない、狂気的な献身な美へと到達します。

それが代表作『春琴抄』でしょう。

盲目で傲慢なお嬢様に仕える男が、ある事件で醜い容貌になってしまったお嬢様を見なくて済むように、自ら眼球に針を突き刺すという物語です。その後二人は感覚の世界で愛し合うのです。

殆ど狂気的な展開ではありますが、女性崇拝、奴隷願望の集大成として辿り着いた、献身的な美学の極地だと思います。

異常な足フェチ

「自分の墓石を女の脚の形にしてほしい」

谷崎潤一郎が生前に言い放った強烈な台詞です。マゾとフェチの文学で有名な変態作家は、頭ひとつ抜けるほどの強烈な脚フェチだったようです。

初期の作品『刺青』では、理想の女を顔ではなく足で記憶するという描写がありました。5年間もその脚の美しさが忘れらず、最終的にその少女を部屋に連れ込んでしまうのですから、脚に対する執着は異常です。

「この足こそは、やがて男の生血に肥え太り、男のむくろを蹈みつける足であった。」

『刺青/谷崎潤一郎』

単に脚が好きなだけではなく、その美しい脚に踏みつけられたいマゾの願望があったのですから、より変態的で、むしろ清々しいですね。

『春琴抄』では、お嬢様に踏まれながら、その足を懐で温める、というこれまたフェチが滲み出た場面があります。おまけに、虫歯で頬のあたりがズキズキ痛んでいたため、お嬢様の冷たい足を頬に当てがうと、無礼だと言って思いっきり顔を踏み付けられます。

極め付けに、晩年の長編『瘋癲老人日記』では、老人が息子の嫁の足を舐めようとして叩かれて興奮する、という描写が綴られています。

若き日はさることながら、年老いてもなお、谷崎潤一郎の強烈なマゾとフェチは衰えることがなかったようです。

小田原事件(妻を他人に譲渡!?)

魔性の小悪魔的な女を総称する「ナオミズム」という言葉が生み出されるくらい、代表作『痴人の愛』は当時影響力のある作品でした。

悪女「ナオミ」のモデルになったのは、谷崎潤一郎の妻であった千代の妹「せい子」だと言われています。

慎ましく従順な千代との結婚生活に物足りなさを感じていた谷崎。そんな時に千代の妹である当時14歳の「せい子」の面倒を谷崎家で見ることになります。姉とは対照的にせい子は奔放でわがままな性格で、谷崎に対して口答えをするほど威勢のいい少女でした。

谷崎はせい子を「野獣のような女」と言いながらも、実際ではM心が刺激されて恋に落ちてしまいます。

不倫である点、不倫相手が妻の妹である点、おまけに14歳の少女である点。今の世の中だったら確実に追放されてますね・・・。

夫が自分の妹に惹かれていることを知って塞ぎ込んだ千代は、佐藤春夫に同情されるうちに彼と恋仲関係になります。2人の関係を知った谷崎は、妹のせい子に完全に惚れていたので、妻の千代を佐藤春夫に簡単に譲ってしまいます。

ところが、せい子にあっさり求婚を断られてしまいます。何言ってんの、おっさん、ってな感じでしょうね。

せい子に振られて焦った谷崎は、千代を返して欲しいと佐藤春夫に訴えます。さすがの佐藤春夫も彼の身勝手さに激怒し、一時的に絶縁状態になったようです。

これが有名な妻譲渡の小田原事件です。

最終的には、佐藤春夫が千代と生涯を寄り添うことになりました。一方で谷崎は20歳年下の新しい奥さんを迎え入れたのですが、直ぐに飽きてしまい不倫に走ったようです。その不倫相手である松子と三度目の結婚をし、その後は充実した私生活を送ったようです。

ちなみに結婚前に松子に宛てた手紙には、「ご主人様と下僕の関係として扱って欲しい」など自身の性癖を告白する文面が記されていたようです。

破茶滅茶な色恋は作品に留まらず、作者本人の実生活にも及んでいたのですね・・・。

谷崎潤一郎の変態的な美学に興味を持った人は、是非作品を読んでみてください。学校では教えてくれない危険な魅力に、あなたの嗜好がくすぐられるかもしれません。

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