村上春樹『パン屋再襲撃』あらすじ解説 空腹やマクドナルドの意味ネタバレ解説

パン屋最終撃 散文のわだち

村上春樹の小説『パン屋再襲撃』は、5作目の短編集の巻頭作です。

初期作品『パン屋襲撃』の続編であり、ファンから人気が高い短編のひとつでもあります。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。

『パン屋再襲撃』作品概要

作者村上春樹
発表時期  1985年(昭和60年)  
ジャンル短編小説
テーマ近代社会に対する空腹感
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『パン屋再襲撃』あらすじ

あらすじ

法律事務所に勤める「僕」は、デザイン・スクールに勤める妻と結婚したばかりだった。

ある日の深夜、二人は突然、耐え難い空腹に襲われる。ビールとクッキーで空腹を紛らわす最中、不意に「僕」は、大学時代にパン屋を襲撃した事実を妻に打ち明ける。

その時も同様に空腹だった「僕」は、親友と一緒にパン屋を襲撃した。ところが店主は、ワグナーのレコードを聴いてくれたら好きなだけパンを持っていってもいい、という奇妙な交渉を持ち出す。おかげでパンは手に入れたが、襲撃という意味では失敗なのだった。これらの話を聞いた妻は、その奇妙な経験が呪いとなり、今も空腹に襲われているのだと推測する。そして呪いを解消するためには、再びパン屋を襲撃する必要があると言う。

車で街に繰り出した二人だったが、夜更けに開店しているパン屋はなかった。そこで妻はマクドナルドを襲うことを提案し、「僕」は促されるまま実行に移す。50個のビッグマックを手に入れた二人は、車の中で夜明けを迎えるのだった。

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・『風の歌を聴け』1981年
・『トニー滝谷』
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・『ノルウェイの森』
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・『バーニング(納屋を焼く)』
2018年

・『ドライブ・マイ・カー』2021年

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『パン屋再襲撃』個人的考察

個人的考察

「パン屋襲撃」の続編

本作『パン屋再襲撃』は、実は初期作品『パン屋襲撃』の続編にあたり、そういう意味で『“再”襲撃』なのです。

前作『パン屋襲撃』は、糸井重里との共著『夢であいましょう』に「パン」というタイトルで収録されています。

初期作品『パン屋襲撃』では、大学生の「僕」が、友人と共にパン屋を襲撃し、店主にワグナーのレコードを聴かされる物語が描かれています。『パン屋再襲撃』で回想的に話される10年前の物語です。

つまり、本作は10年越しに主人公の「僕」が、再びパン屋を襲撃するという、続編形式の物語なのです。

ちなみに『パン屋再襲撃』は、後に大幅な改稿がなされ、『再びパン屋を襲う』という新タイトルで全集に収録されました。

▼『再びパン屋を襲う』収録

以上、続編である背景を踏まえつつ、寓話的で謎めいた物語の意味を考察していきます。

「空腹」と「襲撃」の意味

夫婦が夜中に突然空腹に襲われ、さらに主人公の「僕」は、かつても同様の空腹に見舞われ、パン屋を襲撃した過去を明かします。

空腹」による「襲撃」、この二つのキーワードは一体何を表現しているのか。

一つはっきりしているのは、「僕」がかつてパン屋を襲撃したのは、実際問題としての空腹を満たす目的ではなかったということです。

なぜなら、結果的に食料を手に入れたにもかかわらず、襲撃は失敗に終わったからです。ワグナーのレコードを聴けば好きなだけパンを持っていってもいい、という奇妙な交換条件を店主に持ち出されたことが失敗の原因でした。

ともすれば、「襲撃」の本来の目的は、襲撃そのもの、つまり反逆行為を象徴しているのではないでしょうか。

作品の執筆時期から考えると、主人公の「僕」がかつて襲撃を実行した大学時代は、1970年代にあたります。その時期は、いわゆる全共闘、大学紛争の時代と一致します。このことから、「僕」が抱いていた「空腹」の正体とは、全共闘時代の学生が感じていた「社会に対する空腹感」を意味するのではないでしょうか。そして「社会に対する空腹感」を解消するために実行した「パン屋襲撃」は、政治的な反逆行為のメタファーだと考えられます。

事実、襲撃が失敗に終わった「僕」は、その後大学に戻り、卒業して法律事務所に勤めるようになります。そして結婚し、六時に夕食を食べて九時半にはベッドに入る、規則正しい生活を送っています。全共闘時代の学生が、敗北を経験し、通俗的な社会人に成り果てた様が読み取れます。

敗北の末の社会復帰・・・しかし、かつてパン屋を襲撃した出来事は、ある種の呪いとして、結婚した夫婦に襲い掛かります。

この呪いとは、敗北のせいで埋めることのできなかった社会的な空腹感の残留でしょう。そのショックが心の片隅に蓄積されており、一般的な人生を送る大人になっても、時々埋められない空腹として「僕」に襲い掛かるのだと考えられます。

そして埋められない空腹を解消するためには、再度パン屋を襲撃する必要があると、夫婦は真夜中の東京に車を走らせるのでした。

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マクドナルドが象徴するもの

パン屋を再襲撃するために真夜中の東京の街に繰り出したものの、当然そんな時間に開店しているパン屋は存在しませんでした。

その結果、パンはパンでも、ハンバーガーショップ「マクドナルド」を襲撃します。

しかし「マクドナルド」を選んだのは、たまたま営業していたからではなく、必然的とも言えるでしょう。

マクドナルドが日本に初めてオープンしたのは1971年、まさに全共闘の時代です。あるいはマクドナルドは、その後の高度経済成長による「近代化」の象徴とも言えます。

主人公の「僕」は、法律事務所に勤め、規則正しい生活を送っていますが、内心では鬱屈とした感覚を抱いているように感じられます。おそらく「近代化」に対する違和感によるものだと思います。

かつてパン屋を襲撃した行為について、食料が欲しいなら働けばよかったのに、と妻に言われる場面で、「僕」は、働きたくなかったんだ、と主張します。実際に1970年代の若者にとっては、働いたら負け、という風潮が蔓延しており、それがひとつの反逆だったのです。

ところが近代化により、人々は規則正しい労働生活を余儀なくされます。そのため「僕」は社会と調和できない感覚を抱いていたのだと思います。だからこそ、近代化の象徴「マクドナルド」への襲撃が、空腹を解消するもっともな手段だったのでしょう。

夫婦がマクドナルドを襲撃した際に、アルバイトの店員がマニュアル通りの接客をする場面が印象的でした。オートマチックな構造で近代化されていく社会で、人間らしさが損なわれていく様を皮肉的に描いているのでしょう。

全共闘の敗北、近代化に取り込まれた若者の空腹感、そういった要因から、近代化の象徴「マクドナルド」を襲撃するのは必然的だったと考えられます。

眠りこける学生の存在

マクドナルドを襲撃した際に、店内では学生カップルが深い眠りについていました。夫婦がビックマック50個を強奪する間も、彼らは一切目覚めませんでした。

あまりにも深く眠る二人を見て、「僕」は次のようなことを思います。

いったい何がこの二人の深い眠りを破ることになるのだろうと僕はいぶかった。

『パン屋再襲撃/村上春樹』

つい見落としがちな学生カップルの存在ですが、実はここにも皮肉が込められています。

店の前には赤いブルーバードが停車しており、おそらく店内で眠りこける学生の車だと考えられます。そして「」という車体のカラーがキーワードになっています。「赤」は反逆的なシンボルを意味する色でもあります。

つまり若い学生カップルは、社会に対して怒りを持つ反逆的な存在でありながら、目の前の襲撃には気づかずに眠りこけているのです。

これは、全共闘の敗北以降の若い世代が、政治や社会に対して無関心になったことをメタファー的に表現しているのではないでしょうか。

目前の問題に目をつぶる無気力な世代・・・

ただし「僕」も例外ではありません。なぜなら、妻にパン屋襲撃を打ち明ける間、物凄い眠気に襲われ、何度も目を擦っていたからです。つまり、店内で眠りこける学生だけでなく、「僕」自身も既に政治や社会に無関心な「眠たい存在」になっているのです。

あるいは、学生時代にパン屋を襲撃した際には、特に大きな店を選ぶでもなく、パッとしない適当な店を襲撃しました。そしてその店には「共産主義」のポスターが貼られていました。つまり、殆ど明確な政治的思想を持たないまま、とにかく心の空腹を満たすために、野暮な襲撃を実行していたのです。

さらには、先ほどの考察では「マクドナルド」の選択は必然的だと記しましたが、「僕」にとっては必然ではありません。他にパン屋が空いていればそこでも良かった、と「僕」は口するからです。このことからも、襲撃に確固たる思想が不在であることが読み取れます。

このように、無関心な若者を皮肉ると同時に、当の本人である「僕」自身も無思想であった、という非常に自虐的な物語になっています。全共闘時代の学生が、もはやお祭り的な熱狂に取り憑かれていた滑稽な事実を炙り出しているのでしょう。

無思想に騒いでいた世代が、無関心な下の世代を皮肉る・・・

日本人の間抜けな実態を俯瞰的に捉えた、二重に皮肉な物語と言えます。

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