遠藤周作の『白い人』あらすじ考察 サディズムとキリスト教の残酷な対立

白い人 散文のわだち
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遠藤周作の小説『白い人』をご存知ですか?

1955年に発表された中編小説で、第33回芥川賞を受賞しました。

遠藤周作のキャリアでは初期の作品になるのですが、彼が生涯一貫して描き続けた「キリスト教と罪悪」のテーマは本作でも提起されています。

物語の舞台は第二次世界大戦中のフランスです。ナチスの支配下で悪に徹した主人公が、神学生との対立によって、神の必然性を追求する作品です。目を背けたくなる痛烈な問題提起に注目して、あらすじを考察していきます。

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『白い人』の作品概要

作者遠藤周作
発表時期1955年(昭和30年)
受賞第33回芥川賞
ジャンル中編小説
テーマ人間実存の根源
教義を超越した信仰

『白い人』の300字あらすじ

厳格なプロテスタントの母に禁欲主義を押し付けられて育った主人公は、その反動でサディズムに目覚めます。

挙句無神論者に成り果てた主人公は、大学で出会った神学生のジャックと対立します。それどころか醜い手段で彼を陥れることもありました。

ナチスによるリヨンの占領が激化した頃、主人公はドイツ側の拷問の通訳者になります。ある時、抵抗運動の連絡員をしていたジャックが連れてこられ、二人の対立は拷問という形で山場を迎えるのでした。

拷問の末にジャックは舌を噛み切って自殺します。悪に徹した自分を破壊しないとジャックの死には意味がないと嘆きながら、主人公は深い疲れを感じているのでした。

『白い人』のあらすじを詳しく

①禁欲主義と醜い容姿

フランス人の父とドイツ人の母の間に生まれた主人公は、生まれつき片目に障害がある醜い容姿の子供でした。かつて父親に言われた「一生娘たちにもてないよ」という言葉が尾を引いて、彼は女性に引目を感じながら生きてきました。

一方母親は厳格なプロテスタントであったため、主人公は過剰な禁欲主義を押し付けられて育ちました。従姉妹と2人きりになることは許されず、自慰行為を禁じるために布団の中に手を入れることさえ許されませんでした。

両親の重圧を背負った主人公は、12歳の頃に女中が近所の老犬を虐める様子を見て、虐待の快楽を伴う性の目覚めを経験します。つまり、母親の禁欲主義の反動で、彼はサディズムに目覚めたのです。彼のサディズムは女性に限らず、全ての人類を苛みたいという欲望へと変化するのでした。

②アラビヤ旅行での罪

中学生の夏休みに、主人公は父親に連れられてアラビヤのアデンを旅行します。旅先で仕事がある父親と、リヨンにいる母親から解放され、異国で1人きりになった主人公は、ある罪を犯します。

往来の曲芸で、アラビア娘が少年の上に飛び乗るパフォーマンスを目にします。少年が苦痛の声を漏らす様子を見て、主人公は体が痺れる感覚に陥ります。翌日も主人公は同じ曲芸の場所を訪問します。すると昨日と同じ少年がいて、主人公は少年に観光案内してもらうことになります。塩田の近くの岩場に到着した時に、突然主人公は少年の背中を押して、彼を岩の影に突き落とします。主人公には少年の目は被虐の喜びに満ちているように感じられました。

過ちを犯した主人公は、「少年はそうされるに値する」と自分に言い聞かせるのでした。

③醜いジャックとの出会い

大学に進学した主人公は、ある時、少女たちがジャックという男の話をしているのを耳にします。何でも彼女たちによると、ジャックという男は顔が醜い故に神学生になったと言うのです。「顔が醜い」という言葉に過剰に反応した主人公は、少女たちがいなくなった教室に脱ぎ捨てられた下着を怒り任せに引きちぎります。その一部始終を当の神学生ジャックが見ており、彼は主人公の奇行を咎めます。

後日大学の親睦会で再びジャックと再会すると、彼は主人公を咎めたことを謝罪します。彼は醜い容姿の者同士の親和を持っているらしく、まるで主人公の苦しみを理解しているような口調で話します。ジャックは十字架を背負うことで、自分以外の人間の醜さまでも背負っているような心持ちになっているのでした。それが神の慈悲たるものです。

ところが「いくら十字架を背負っても悪は変わらない」と考える無神論者の主人公は、尽くジャックと対立します。

「弟子に裏切られたキリストは、裏切った弟子を恨んではいなかった」と信じるジャックに対して、主人公はその信仰を逆手に取り、裏切りによってジャックを陥れてやろうと企むのでした。

④マリーを利用する主人公

ユダヤ人が血を流す中、舞踏会を開くのは不謹慎だ、という神学生ジャックの主張によって、彼の幼馴染であるマリーは舞踏会への参加を躊躇していました。

主人公はわざとマリーに接近して、舞踏会に一緒に参加して欲しいと誘いを持ちかけます。ジャックに秘密でマリーが舞踏会に参加するように仕向ければ、秘密は秘密を呼び、いずれジャックに対する裏切りへと変わることを主人公は判っていたのです。

主人公は舞踏会でマリーに無理やり酒を大量に飲ませて、泥酔した彼女をベンチに捨てて帰りました。ジャックにマリーの居場所を問い詰められた主人公は、肉欲の過ちを疑われます。しかし主人公は、舞踏会の参加をジャックが禁止したことで、マリーが女友達とギクシャクしたことを引き合いに出して、彼の信仰を咎め黙らせるのでした。

この出来事依頼、主人公は彼らと顔を合わすことはありませんでした。何でもマリーはジャックの命令で修道院に寄宿して、裏切りと肉欲の罪を2人で祈り続けているようです。




⑤ナチスの通訳者

ついにナチスによる占領時代が始まり、主人公は家に閉じこもって過ごしていました。ナチスは科学的に計算されたテロリズムによって、フランス人の恐怖と不安を拡大させます。

主人公は雑誌の広告欄でナチス側の通訳を募集しているのを発見します。ドイツ人の母とフランス人の父を持つ彼は両方の言語が判るため、募集に応募して通訳者に採用されます。

人家の少ない市街にある建物の中ではナチスによる拷問が行われており、主人公は拷問に際しての通訳を担当するようになります。彼は拷問による悲鳴や絶叫の中にも情欲を感じているのでした。

⑥ジャックとの再会

ある時、ドイツ軍の中尉に、この男を知っているかと1枚の写真を見せられます。写真の男はなんとジャックでした。ジャックは抵抗運動の連絡員として活動していたために、拷問に連れてこられたようなのです。

こうして、かねてよりの確執が拷問という形で再び燃え上がるのでした。

拷問にかけられたジャックは殆ど呻きませんでした。主人公は通訳に留まらず、先導的に彼を痛めつけます。しかし何故か、ジャックが絶叫する瞬間を待ちながらも、一方で耐えて欲しい気持ちが芽生えるのでした。

痛みで痙攣したジャックに、「自分のことを憎んでいるか」と主人公は尋ねます。するとジャックは、「キリストは憎悪のためには闘わない」と主張します。そういった彼の英雄主義や自己犠牲の陶酔を、主人公はかつてのように忌み嫌います。

主人公がジャックの十字架を取り上げて拷問するのは、幻影を抱いて生きる人間全てに対する復讐なのでした。

どうしても口を割らないジャックに対して、主人公はマリーを責めれば白状するだろうと提案します。

⑦カトリックの自殺とは

連れてこられたマリーは後退りをして泣いていました。彼女が生き延びるためにはジャックを裏切らなければいけないのです。あるいは、ジャックは抵抗運動の仲間たちを売らなければマリーを助けられないのです。

主人公はマリーの純白な肌に欲情しながらも、自分が生まれた時に神に奪われた美しさを彼女は持っているように感じられて激しく妬みます。

隣の部屋からはついにジャックの泣き声が聞こえてきました。「ゆるしてくれよう。彼女をはなしてやってくれよう」とすすり泣いています。

ジャックの泣き声を聞いたマリーは、自主的にブラウスのホックを外して胸を露わにします。主人公は処女強姦の使命を理解し、マリーを犯します。主人公は彼女の純潔の中にジャックの十字架が隠れているように感じました。

隣の部屋では、ジャックは自分で舌を噛み切って自殺していました。

⑧破滅願望

ジャックが死んだことを知った主人公は、悲しみというよりも非常に深い疲れを感じていました。まるで長いこと愛し続けた人間に、裏切られたような喪失感でした。

主人公には、自殺を大罪とするカトリック教徒のジャックが、まさか自殺するとは想像もしていなかったのです。

意味がない、意味がない、と主人公は脳内で繰り返し呟きます。自殺によって残酷な運命から逃れたのかもしれないが、自分という悪を破壊しない限り意味がない、と彼は力なく考えるのでした。

ジャックの死をマリーに伝えると、彼女は小さく歌を歌い始め、とうとう気が狂ったのだと悟ります。

戸外に見える街は戦争によって真っ赤に燃え上がっていました。女中が老犬を虐めていたあの坂道を包み込んだ炎は、街の夜空を無限に焦がしていました。




そして物語は幕を閉じます。

『白い人』の個人的考察

主人公の人格形成(斜視、禁欲)

生まれつき目に障害がある主人公は、父親の言葉に傷つき、醜い容姿にコンプレックスを抱えて生きてきました。

「腐魚の目のように」「血管で濁った目」など、主人公は他者の様子をあえて目の醜さで頻繁に表現します。いわば自分の醜さを精神的に緩和させるために、わざと他者の目を非難しているのだと思われます。

一方で、母親に過激な禁欲主義を強要された主人公は、12歳の頃にサディズムに目覚めます。きっかけは、女中が老犬に暴力をふるっている場面を目撃したことです。もちろん女中の肉体に対する欲情も含まれていましたが、それ以上に自分が小さい時に恐れていた老犬を暴力によって封じ込める様子に主人公は感銘を受けているように思われます。それと言うのも、醜い容姿にコンプレックスを抱えた主人公は、周囲の人間は自分を攻撃する存在だという強迫観念の中を生きていました。だからこそ彼にとっては、恐ろしかった老犬を力で封じ込めるように、暴力こそがコンプレックスや恐怖を克服する唯一の手段になり得たのでしょう。

アラビヤのアデンでは、娘に踏みつけられた少年の呻き声を聞いて、情欲というよりは倒れそうな感覚に陥ります。なぜ女中の時に感じられた情欲が、アラビア娘では感じられなかったのでしょうか。それは、アラビヤ娘に踏まれる少年の姿に、母親に支配される自分の姿を見出していたからのように思われます。ともすれば、主人公が少年を岩場に突き落としたのは、母に禁欲主義を強要される自分を殺害する行為と同等の意味があったのかもしれません。

コンプレックスと禁欲主義により、サディズムに目覚め、罪を犯した主人公は、絶対的な悪に身を投じることで、キリスト教の虚偽の証明に徹するようになります。

ジャックとの対立の真相

暴力によってコンプレックスを克服しようとする主人公に対して、神学生のジャックは信仰によって自らのコンプレックスを克服しようとしていました。それどころか、自分以外の他者の醜さまで背負う心持ちのジャックは、醜い主人公に信仰の本を送り届けるようになります。しかし、キリスト教の虚偽を証明しようとする主人公にとって、ジャックの慈悲は「攻撃」のように感じられます。

そこで主人公は、キリストがユダに裏切られても弟子を愛していた、という信仰を逆手にとって、ジャックが裏切りを経験するように仕向けます。つまり、ジャックを陥れることでキリストの愛が偽りであることを証明しようとしたのです。

拷問の最中に「自分を憎んでいるか」と主人公が尋ねると、ジャックは「憎んでいない」と答えます。もちろんキリスト教の信念も含まれていると思いますが、単純に主人公の一方的な対立に過ぎないことを示唆しているようです。相互的な対立ではなく、恐怖やコンプレックスを乗り越えるために主人公が一方的に暴力を振りかざしていただけなのでしょう。

ともすれば、2人の対照的な人間模様は、信仰の有無によって人間の浅ましさはどう変わるかを表現していたのだと思います。

主人公の破滅願望とは

キリスト教の虚偽を証明するために主人公は、2度にわたってジャックに裏切りを経験させようとします。マリーが舞踏会に出席するようにそそのかした場面と、ラストの拷問の場面です。しかし、いずれにおいても主人公は、深い疲れのような悲しみを感じていました。

それどころか、恋をしたジャックに裏切られたような気持ちにすらなっています。ともすれば、主人公は本心ではキリスト教の虚偽を証明することを望んでいなかったという推測ができます。

拷問の苦痛から自らを保護するために仲間を密告する行為、これをジャックが実行すればキリスト教の虚偽を証明できます。しかし、主人公は心のどこかで「耐えろ」と念じ続けていました。

ジャックが自殺した後も、「俺を破壊しない限り、お前の死は意味がない」と繰り返し呟きます。まるで主人公は端から勝利ではなく敗北を望んでいたようです。

おそらく、主人公は絶対的な悪に身を投じながらも、悪が破滅することを望んでいたのだと思います。ジャックに密かな望みを抱いて、自分を裁いてくれるのを待ち続けていたのでしょう。だからこそ、彼の自殺は主人公を腑抜けにし、本当の意味での救いようのない敗北へと導いてしまったのだと思います。

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以上、遠藤周作の短編小説『白い人』のあらすじ考察を終了します。

長い間お付き合いありがとうございました。この文章が気に入った方は、是非シェアをお願いいたします。




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