上田岳弘『ニムロッド』あらすじ解説|芥川受賞作

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ニムロッド 散文のわだち

上田岳弘の小説『ニムロッド』と言えば、第160回(2018年下半期)芥川賞受賞作です。

「新・超越派」と称された上田岳弘の作風は、文学界に風穴を開け、新しい風をもたらしたと評価されました。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。

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作品概要

作者上田岳弘
発表時期  2018年(平成30年)  
ジャンル中編小説
ページ数146ページ
テーマ社会システムに対する危機感
無からの創造
芸術的価値
受賞第160回芥川賞

あらすじ

あらすじ

システムエンジニアの中村哲史は、新事業としてビットコインの採掘を任されます。中央銀行や国家が価値を保障するドルや円とは違い、世界中の人々が欲し、取引を続けることによって、「価値がある存在」として認識されるのがビットコインです。

そんな哲史には、先輩である荷室から定期的に、「駄目な飛行機コレクション」という、使い物にならない飛行機を紹介するメールが届きます。小説家を目指す荷室は、新人賞に三度落選した末に、うつ病を患い、今は執筆をやめています。

哲史の交際相手である紀子は、かつて出生前診断の結果により中絶した経験があり、精神的な問題を抱えています。そんな紀子は哲史と会ううちに、よく話題に登場する荷室に興味を持ち始めます。

荷室は再び執筆を再開し、その内容がメールで送られてきます。ビットコインの創始者であるニムロッドが、その莫大な資産で、巨大な塔を築き、頂上で駄目な飛行機をコレクションしているという物語でした。ところが有り余る資産に対して、商人はもう販売できる「駄目な飛行機」が無いと告げるのでした。何でも地上の人間は個であることを辞め、皆で大きな塊になったと知らされます。一人残されたニムロッドは、駄目な飛行機コレクションのひとつである、かつて日本軍が特攻に使用した「桜花」に乗り込んで、太陽を目指すのでした。

ビットコイン、そして荷室の小説と関連しながら、登場人物3人の抱える不安や、現代社会の危機感が描かれています。

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個人的考察

個人的考察-(2)

優しい世界と取替可能な個人

「ビットコインはソースコードと哲学でできている。」

『ニムロッド/上田岳弘』

作中に登場するこの概念は、確かに仮想通貨の価値を端的に言い表しています。紙幣や硬貨のように物理的な物質を持たず、国家の軍事力とも無縁で、世界中の人々がその価値を信じ、PCで帳簿を書く限り、ビットコインの存在は証明され続けるのです。まさに無からの創造、哲学に違いありません。

この社会システムの発展を象徴するビットコインの創造に対して、採掘する側の人間は取り替え可能だと作中に綴られています。

つまり、自分がPCを起動して仮想通貨の価値を証明せずとも、誰かも知らない世界中の人間が同じことをしてくれる、ということです。あるいは、自動化によって人間が直接コードを書かなくても叶うわけです。

まさにデジタル革命期の現代、あらゆる情報や技術がインターネットに集約され、一個人が持つ情報や技術に何の特異性もなく、個人の存在が危ぶまれる事態を象徴しているでしょう。

「優しい世界。世界はどんどん優しくなっていく。差別も減っていく。出自の差だって、能力差だって、そのうちにたいした意味を持たなくなる。」

『ニムロッド/上田岳弘』

人類が進歩するたびに世界は優しくなり、それと同時に個別性のようなものが失われていく。複数のPCを起動させ、自動でビットコインの採掘を続ける主人公の哲史もそう。小説の新人賞に3回落選しうつ病を患い、執筆を辞めてSEに復帰した荷室もそう。彼らを彼らたらしめる個人の価値というものが存在しないのです。

あるいは、出生前診断の結果で生まれることのなかった紀子の子供。欠陥を持つものを初めから生み出さないという、優しい世界の産物。その優しさは、紀子に精神的なダメージを与えていました。

登場人物たちは皆、社会システムの発展によって優しくなる世界から、弾き出されてしまった側の人間でした。優しい世界という大義名分で過剰に進歩する社会システムに、警笛を鳴らす物語と言えるでしょう。

ちなみに主人公は悲しくもないのに左目から涙が流れる奇病を患っていました。荷室はその症状を小説に採用し、主人公ニムロッドの右目から原因不明の涙が流れる、という対の設定にしていました。これは中村哲史が、実際のビットコイン創始者「サトシナカムラ」と同姓同名であることから着想を得た試みでしょう。

ただしこの奇病は、感情さえも取替可能になった未来を描いているように読み取れます。

紀子は、中絶の経験から精神的な問題を患っていましたが、彼女が涙を見せることはありませんでした。むしろ中絶の際に、元夫が泣いたことに蟠りを感じていました。つまり、悲しくもないのに涙が出る哲史と、悲しいのに涙が出ない紀子。個を失った人間は、感情表現さえも、個人のものとして扱えなくなる、そんなSF的な問題提起が隠れているのかもしれません。

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「あのファンド」の正体

作中では、「あのファンド」という象徴的な言葉が太字で協調されています。

荷室の執筆した小説では、政治や経済や芸術までもを司るのが「あのファンド」で、人類は最終的に「あのファンド」と溶け合いひとつの塊になってしまう、と言うのです。

これはまさに、AIの存在をほのめかしているのでしょう。

できることがどんどん増えていって、やがてやるべきこともなくなって、僕たちは全能になって世界に溶ける。「すべては取替え可能である」という回答を残して。

ニムロッド/上田岳弘』

あらゆる職業はAIに奪われる、という啓発なら耳にタコが出来るくらい聞かされた我々です。

前段落で解説した通り、主人公たちが抱える悩みの原因は、個としての存在価値が失われ、取替可能になってしまうことでした。

荷室の小説の中では、最終的に人類は個であることを辞めて、「あのファンド」と共に全員でひとつの塊になりました。エヴァンゲリオンで言うところの人類補完計画に近いような設定ですが、AIによって個性を損なわれた人類が、個としての存在を喪失する悲劇が描かれているように読み取れます。

とりわけ、作中で重要視されているのは芸術の存在でしょう。荷室の執筆する「小説」もそうですが、その他にも、27歳で死んだミュージシャンを総称する「27クラブ」や、ニルヴァーナのボーカリストであるカートコバーンが作中で取り上げられます。

興味深いのが、『ニムロッド』が出版されたのち、現実世界である試みが話題になりました。「27クラブ」の1人であるジミ・ヘンドリックス、そしてニルヴァーナの存在しない新曲が、AI技術によって制作されたのです。

まさに本作が提起する、「あのファンド」が芸術を司る時代が到来したのです。人間にとっての最もたる個性である表現活動さえ取替え可能になった未来を、いつまでサイエンスフィクションと呼んでいられるでしょうか。

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『駄目な飛行機コレクション』の意味

荷室がメールで送る「駄目な飛行機コレクション」は、執筆を再開した彼の小説の題材として扱われていました。ビットコインを生み出したニムロッドが、その莫大な資産で、駄目な飛行機を塔の頂上にコレクションしていたのです。

何故、最先端の社会システムを駆使して得た財で、駄目なコレクションなどという対照的なものを集めているのか、疑問に思った人も多いのではないでしょうか。

ここには、「ビットコイン」と「小説」の共通性が隠されています。

あらゆるものが自動化し、個が損なわれる社会システムに警笛を鳴らす物語ですが、そもそもビッドコイン自体をその象徴として描いているわけではありません。逆にビッドコインは、無から価値を生み出す、まさに芸術のあり方を彷彿とさせる概念として描かれています。

事実、塔の建設は小説を書くことと同じかもしれない、と荷室が口にする場面がありました。つまり、ニムロッドがビッドコインを生み出し、バベルの塔を建設する行為は、荷室が小説を執筆する行為のメタファーなのでしょう。

ビットコインを生み出したニムロッドは、全人類が個を辞めてひとつの塊になっても、人間であることを続けていました。個の価値を失う社会システムに歯向かい、個人が生み出す芸術の価値を追求していたのです。

ともすれば、「駄目な飛行機コレクション」は、個を失う前の欠陥という名の個性を持つ人間を象徴しているのではないでしょうか。

ビットコインの創出、つまり荷室にとっての小説の執筆は、欠陥という名の個性を持った人々を守る行為であり、それこそが芸術の本質的な意義だということでしょう。ニムロッドが駄目な飛行機を保管していたのには、そういう意図が隠されていたのだと思います。

ところがニムロッドは、この世界にはもう駄目な飛行機は無くなった、と商人に告げられます。全てがAIに取替えられ、もう世の中に欠陥がなくなってしまったのです。そして皆のようにひとつの塊になることをそそのかされます。

AIによって個が損なわれた状況で、創作活動を放棄するのか、それとも執筆を続けるのか。発達しすぎた社会システムの中で、最終的な決断を突きつけられる人間の姿のようです。

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太陽に飛び立ったニムロッド

「桜花」という駄目な飛行機が登場します。特攻を目的に開発され、第二次世界大戦で日本軍が使用しました。

自分以外の全人類が個を捨ててひとつの塊になった後で、ニムロッドは「桜花」に乗り込んで太陽を目指します。バベルの塔を題材にした物語は、ここでイカロスに転換されます。

果たしてニムロッドの自爆行為は何を意味していたのでしょうか。

これはまさに、ニムロッドが個を捨てることを放棄し、個人の芸術的価値の挑戦を諦めなかった結果が描かれているのだと思います。

「桜花」は駄目な飛行機コレクションのひとつです。そして駄目な飛行機コレクションは、欠陥という名の個性を持った人間の象徴でした。つまりニムロッドは、欠陥だらけでも個であり続けることを望んで飛行機に乗り込み、発展しすぎた社会システムに抗うように、欠陥を背負ったまま太陽を目指したのです。

これは荷室が小説の執筆を諦めないことの意思表明でしょう。

あるいは、「東方洋上に去ります」というメッセージを残して音信不通になった紀子。彼女の記したメッセージは、「桜花」を開発した人物が実際に残した文章です。つまり、紀子もまた、荷室同様に、個としての存在を諦めずに生きていく決心をしたのだと考えられます。

最後に主人公の哲史。彼は仮想通貨を採掘するのをやめ、仮想通貨を発行する側になります。それはまさに、無から価値を生み出す、人間が個である意義の象徴です。だから哲史は、自分が発行する仮想通貨の単位に「ニムロッド」という名称を設けたのでしょう。

このように、個性を剥奪する社会システムの中で苦悩していた3人が、それぞれ自分のなりの形で、個であり続ける方法を見つけ出し、自己の存在意義を創出し始めたのでしょう。

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