昭和初期を代表する文豪・梶井基次郎
感覚的な作風と、詩的な文章が特徴で、生涯20篇余りの作品を遺しました。
生前は評価されず、死後に徐々に注目され、今では『檸檬』が教科書に掲載されています。
『檸檬』以外は知名度が低いですが、他にも面白い作品を多く残していています。
そこで本記事では、梶井基次郎のおすすめ代表作10選を紹介していきます。
梶井基次郎を読破した筆者が、厳選して紹介しています!
①『檸檬』
■言わずと知れた教科書掲載の名作
発表時期 | 1925年(大正14年) |
ジャンル | 短編小説 |
ページ数 | 10ページ |
■あらすじ
梶井基次郎の代名詞といえる作品。
今でも高校の現代文の教科書に掲載されるほど、余りに有名で馴染み深い作品です。
「えたいの知れない不吉な魂」に支配された主人公が、陰鬱な思いで街を浮浪する物語です。二日酔いのような気鬱さを払拭するのは、果物屋で偶然見つけた美しい色彩の檸檬でした。主人公は檸檬を爆弾に見立てて、空想の中のテロリズムに愉悦するのでした。
憂鬱と美と想像上のテロリズム、詩的な文体で描かれた不朽の大名作。
②『城のある町にて』
■三島由紀夫が最も愛した作品
発表時期 | 1925年(大正14年) |
ジャンル | 短編小説 |
ページ数 | 37ページ |
■あらすじ
妹の死を看取った後の悲しみを癒すために訪れた、姉夫婦一家の住む三重県の松阪町での実体験を題材にした私小説です。
「ある午後」「手品と花火」「病気」「勝子」「昼と夜」「雨」の6章で構成されています。各章とも風景描写を主にしており、時間の経過や自然の微妙な変化を巧みに表現しています。憧憬を感じさせる美しい風景に対して傍観的である主人公は、結核を患い現実世界と距離を感じている梶井基次郎の悲哀の表れだと言われています。
三島由紀夫が、梶井基次郎の作品の中で最も好きだと評価しています。
③『Kの昇天』
■異色の名作!幻想的なファンタジー
発表時期 | 1926年(大正15年) |
ジャンル | 短編小説 |
ページ数 | 48ページ |
■作品紹介
私小説の傾向にある梶井基次郎にしては、珍しく作り物語の要素が強い作品です。
Kという人物の死について、「ドッペルゲンガー」「魂の昇天」「満月と自分の影」など神秘的なテーマを用いて紐解いていく、ミステリー兼、幻想小説の類です。
執筆当時の梶井基次郎は、病気や小説の締め切りなどのプレッシャーに押し潰されそうな状況でした。厳しい現状から離脱したいという彼の逃避願望が作品に表れているようです。
アンソロジー集に抜選されたり、演劇で取り扱われたり、異色な作風でありながらファン人気の高い小説です。
④『冬の日』
■梶井文学史上、最も憂鬱な最高傑作
発表時期 | 1927年(昭和2年) |
ジャンル | 短編小説 |
ページ数 | 22ページ |
■作品紹介
病状が悪化し、血痰が出るようになった時期の梶井の焦燥と絶望感を、真冬に移り変わる季節の風景と重ねて描いた心象的な作品です。
当時の梶井は、東京帝国大学の卒業論文が迫っているにも関わらず、病状の悪化により伊豆半島での転地療養が必要となり、卒業を1年延ばそうと考えていました。しかし、留年の学費のために自活しようにも病気のことが気がかりで、憂鬱に苛まれていた時期に本作『冬の日』を執筆しました。
死の宿命を正面から見据え、その絶望感に自己の崩壊を見る心象描写は、梶井基次郎の作品史上最も陰鬱とした救いようのない物語です。
梶井作品の中で特に文学的評価が高く、1つの頂点として位置づけられています。
⑤『冬の蠅』
■恋の力で芽生える生命力!蠅の生命力!
発表時期 | 1928年(昭和3年) |
ジャンル | 短編小説 |
ページ数 | 18ページ |
■作品紹介
『冬の日』に引き続き、伊豆半島での2度目の転地療養を題材にした物語です。
執筆当時の梶井基次郎は、宇野千代という女性に恋をしていました。そのため、病による精神的な不安の中にも、恋と生に対する情熱が残っており、いかなる状況でも生きようとする蠅の生命力に重ね合わせて描かれています。
ただし、数日間部屋を留守にしただけで蝿は死んでしまい、自分にも自分を生かしたり殺したりする条件のようなものがあるのではないか、と漠然とした不安に襲われる様子も描かれています。
『冬の日』と同様に、近代日本文学の中でも名作の1つとして数えられています。
⑥『交尾』
■プロレタリア文学に異議申し立て!
発表時期 | 1931年(昭和6年) |
ジャンル | 短編小説 |
ページ数 | 11ページ |
■作品紹介
女性と縁がないまま死に迫られる梶井基次郎にとっての、性に対する郷愁が垣間見える作品です。
2部構成で、1部では、大阪の実家で夜の物干し台から見えた猫の抱擁について描かれています。2部では、伊豆半島で経験したカエルの求愛行動の様子を描いています。3部には水族館で目撃したすっぽんの交尾について描くつもりでした、作者の死によって未完のままになりました。
梶井基次郎が交尾を題材に描いたのは、当時の潮流だったプロレタリア文学に対する苦言の意があったようです。身辺生活の題材を蔑ろにしてはいけないことを説き、「生活に対する愛着」の大切さを交尾という行為で表現したようです。
思想啓蒙やブルジョワ批判に傾倒するあまり、日常的な幸福を蔑ろにする人々に向けたメッセージだったのでしょう。
⑦『愛撫』
■猫好きな梶井の随筆!川端康成が絶賛!
発表時期 | 1930年(昭和5年) |
ジャンル | 短編小説 |
ページ数 | 5ページ |
■作品紹介
猫が手放しで大好きだった梶井基次郎が、飼い猫と戯れる中で浮んだ空想を題材にした随筆です。
猫の耳を切符切りのようにパチンとする空想や、爪を全部切ったらどうなるかなど、奇妙なイタズラ心から物語が展開します。
執筆当時の彼は、呼吸困難で歩けなくなるほど結核が進み、かなり衰弱していました。外出もままならない彼にとって、放し飼いの猫を相手に暮らすのがその頃の日課だったようです。
『愛撫』は雑誌掲載時から好評で、新たな活路が見られる作品とも言われました。川端康成は、猫について書くだけで心を打つ、梶井の異常に優れた感覚を称賛していました。
⑧『ある心の風景』
■童貞を卒業した後の後悔!?
発表時期 | 1926年(大正15年) |
ジャンル | 短編小説 |
ページ数 | 14ページ |
■作品紹介
京都三高時代の作者の心情を題材にした私小説です。
「俺に童貞を捨てさせろ」と梶井は泥酔して怒鳴り、その言葉通り遊郭で童貞を卒業したのは有名な話です。初体験後には「純粋なものが分らなくなった」と自らの堕落を悔やんでいました。それでも彼は遊郭に通うようになり、同時に性病のリスクを強く恐れていたようです。
この遊郭で性病に感染するかも知れないという念慮が夢にまで現れ、その夢の内容を草稿にして完成させたのが『ある心の風景』です。
自分の心情と風景とが融合して「心の風景」が作り出される、梶井文学独自の作風を編み出した最初の作品とも言われています。
⑨『闇の絵巻』
■初めて文壇で認められた作品
発表時期 | 1930年(昭和5年) |
ジャンル | 短編小説 |
ページ数 | 6ページ |
■作品紹介
伊豆半島で転地療養していた時期に、毎日のように通った川端康成の宿からの帰り道を題材にした作品です。文壇で認められた最初の梶井文学とも言われています。
病状に苦しむ梶井にとっての闇とは死を象徴しており、その恐ろしい闇を愛することを覚えた心情の変化について描かれています。死に対する絶望的な恐怖を超越し、ある種の悟りの境地に辿り着いた梶井の様子が見て取れます。
これまでの絶望に駆られた情熱的な作風や、破滅的な心象風景は衰退し、闇の中に溶け込んだ梶井の不気味な落ち着きが感じられる、ゆとりのある作品です。
死すらも受け入れ始めた人間が放つ神聖な雰囲気によって、間も無く梶井が昇天するであろう予兆を感じさせられます。
⑩『桜の樹の下には』
■桜の価値観を塗り替えた名作
発表時期 | 1928年(昭和3年) |
ジャンル | 短編小説 |
ページ数 | 5ページ |
■作品紹介
「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」
衝撃的な冒頭で始まる余りに有名な作品です。
信じられないほど美しいものに抱く不安な感情を、死の観念によって説明しています。桜と死を密接な関係にし、近代文学に新たな桜の価値観を生み出したと言われています。
生と死のバランスを均衡に保つことで美しさの恐怖から逃れようとする心情。美しいものには影がある、影があるから美しいものが際立つ、という芸術的な価値観。あるいは、醜い屍体であろうと美しいものの誕生へと繋がっているという、死を肯定的に捉えようとする梶井の死生観が読み取れます。
いよいよ死が目前に近づいた梶井は、死に対するひとつの神聖な解釈を見出そうとしていたのかもしれません。
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