梶井基次郎『檸檬』代表作あらすじ解説|美は想像上のテロリズム

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檸檬 散文のわだち

梶井基次郎の小説『檸檬』は、教科書に掲載される近代文学の名著です。

詩的な言葉で綴られる心象風景、そんな作風は美しいと同時に難解でもあります。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。

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作品概要

作者  梶井基次郎(31歳没)  
発表時期1925年(大正14年)
ジャンル短編小説
ページ数10ページ
テーマぼんやりした憂鬱
精神の愉悦

あらすじ

あらすじ

主人公は得体の知れない「不吉な塊」に始終抑圧されています。

以来、主人公は美しい音楽や詩などが一切受け付けなくなりました。その代わりに、壊れかかった街や、裏通りの風景など、見窄らしいものに妙な愛着が芽生えるのでした。

ある朝、平生通り街を彷徨っていた主人公は、なぜか果物屋で檸檬に魅了され購入します。檸檬を握った途端、「不吉な塊」の抑圧が、緩んでいくのを感じました。

丸善に到着した主人公は、画集を取り出して目を通します。彼は元来画集が好きだったのです。しかし、やはり美しいものを目にすると憂鬱になるばかりです。

次の瞬間、彼は檸檬の存在を思い出します。途端に昂奮が蘇ります。本を積み上げて城を築き、その頂に檸檬を据付けます。黄金色に輝く恐ろしい爆弾を城の頂上に仕掛けて、主人公は店を後にしました。あの気づまりな丸善が木っ端微塵になる、そんな想像を熱心に追求し、愉悦に浸るのでした。

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個人的考察

個人的考察-(2)

梶井基次郎の生涯

梶井基次郎は、作家としての活動期間が10年にも満たず、生涯で20遍あまりの短編しか残していません。

それと言うのも、彼は20歳になる前から肺結核を患っており、31歳で亡くなったのです。自らの死を予期していた彼は、まさしく「死」が主題の作品を多く残しています。

とは言え、彼は死後に評価されたタイプの作家です。今でこそ、日本文学を一任する存在として高く評価されていますが、生前は大した成功を収めることがありませんでした。

本作『檸檬』に関しても、発表当初は文壇に見向きもされず、一部から評価される程度の駄作でした。事物や心情を詩的に描く作風は、当時の文学史においてとりわけ革新的とは言えず、注目されなかったのです。

死後に三島由紀夫など有名な作家たちがこぞって評価したことで、今日一流の文豪として認められるに至ったのです。

人生の殆どを死の恐怖と向き合う羽目になった惨めな文豪・梶井基次郎。彼の遺した作品は、冷たいくらいに孤独で、嗚咽が出るくらい苦しくて、だけど最後まで生きようとする熱を帯びています。唯一無二です。

そんな彼には破滅的なエピソードがたくさんあります。笑えるものから痛々しいものまで。

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なぜ「檸檬」なのか?

本作は、実際の現実世界ではなく、主人公の感覚的な世界の中で描かれています。

そのため、「現実世界ではどうであるか」という問題が完全に無視され、「主人公にとってどうであるか」という観点のみが落とし込まれています。

事実、主人公にとって「美しいもの」と「憂鬱なもの」が象徴的に列挙されます。その対比の連続によって、物語は進行していきます。

美しいものは基本的にみすぼらしい存在です。例えば、壊れかけの街や、裏通りの風景、あるいは花火の安っぽい装飾などです。そういった、以前は気にも留めなかった風景に注目することで、自分が知らない街にいる感覚を味わっているのです。

つまり、かつての自分が好んでいた美とは対照的な存在に触れることで、主人公は現実逃避を図っていたのです。それがいわゆる「自分自身が見失われる感覚」だったのでしょう。

美しいものの最もたる象徴としては、「檸檬」が挙げられます。果たして檸檬がみすぼらしいものなのかは不明ですが、当時の日本では珍しい果物だったようです。そのため、主人公にとっては新鮮な存在であり、かつての自分を忘却するためのアイテムになり得たのでしょう。

とは言え、なぜ他の果物ではなく檸檬だったのか? という疑問はあると思います。

もちろん形が手榴弾に似ているから、爆弾の擬似として用いられたのかもしれません。あるいは、梶井基次郎本人が檸檬を好んでいたという逸話もあるようです。

ただ、最もたる理由はその色彩にあるでしょう。黄色という色彩が重要なのです。

文中では、檸檬を興奮の対象として捉える場面もあれば、緊張感を演出する場面もあります。そして最後には、危険物としての役割も果たします。

黄色は色調によって、暖色と寒色の両方の役割を担います。暖色であれば、昂奮や幸福感を演出するのに適しています。逆に、寒色であれば緊張感を感じさせます。あるいは、その視認性の良さから、「注意」を連想させるため、信号や看板などに使用されることも多い色です。そのため、危険物としての演出にも黄色は適しているわけです。

このように、色調で情景描写や美意識を表現する、梶井基次郎の繊細さが檸檬の特徴に集約されているのです。

むしろ檸檬だったからこそ、ここまで繊細な心情を表現することができたのだと思います。

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「不吉な塊」と「檸檬」の対比

逆に憂鬱なものの象徴として、「丸善」が取り上げられます。いわゆる、かつての自分が惹かれていた高級品や西洋雑貨が陳列されるデパートです。

冒頭に「精神疾患や借金は問題ではない」と綴られていますが、物語を読み進めていくと、主人公は貧困にかなり苦心していることが分かります。事実、丸善の中の物が借金取りを想起させるくらいには精神的に参っているようです。

つまり、生活苦という憂鬱の象徴として、高級品が並ぶ丸善が描かれていたのでしょう。

そして、主人公は現実逃避の役割を果たす美の象徴「檸檬」を爆弾に見立てます。それを美術の棚に置いて帰り、丸善が大爆発する様子を想像します。

美の象徴を使って、憂鬱の象徴を破壊することで、「不吉な塊」から逃れようとする主人公の心理描写が表現されているわけです。

それはまさしく文中にも綴られている、「現実の自分自身が見失われる感覚」の最高峰なのでしょう。

丸善のデパートに並ぶ高級品は、以前の自分の趣味嗜好でした。あるいは、美術画集などはかつて自分が好み味わっていた思想の一部です。それらを破壊する行為は、自己の存在を消滅させる行為に等しいように思われます。少なからず主人公の中に破滅願望のようなものがあったのでしょう。

梶井基次郎は、想像上のテロリズムによって現実逃避を図り、その先にある退廃的な美の救いを追求していたのかもしれません。

かの三島由紀夫は『金閣寺』という小説の中で、美しいものは消滅する瞬間に最も美しい姿を露呈すると表現しました。対する梶井基次郎は、美しいものが憂鬱を巻き込んで消滅するテロリズムに美を見出したのでしょう。いずれにしても、美の本質を追求すれば、消滅する刹那的なものに行きついてしまうのかもしれません。

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元祖バカッターだった!?

文豪の死に様』の著者・門賀氏は、『檸檬』における梶井基次郎の言動を元祖バカッターと揶揄しています。

丸善で画本の棚の前に来た主人公。精神的に疲弊した彼は重たい画集を棚から取り出したものの、元の場所に戻す体力が残されていませんでした。そうと分かっていながら彼はどんどん画集を取り出して、積み上げていき、幻想的な城を築きます。

要は、店頭で売り物の本を積み重ねて、それをお城に見立てていたのです。おまけにその頂上に檸檬を乗せて、片付けずに去っていきます。

元書店員の門賀氏は言います。「出したら戻せ、戻せないなら出すな。

店の迷惑も省みず馬鹿なことをしでかし、それを自慢する様子は、現代のバカッターと変わらないと言うのです。

なるほど、非常に面白い切り口で『檸檬』を読む人もいるのだと感心しました。一つだけ言えるのは、バカッターは自らの愚行を突発的な衝動で全世界に配信したが、梶井基次郎は美的推敲によって芸術に昇華したと言うことです。

いつの時代も若者は心に陰りがあり、社会に鬱憤を抱えているものです。(短絡的な愉悦に走るバカッターに思想があるとは思えないが)それを退屈凌ぎの悪ふざけで済ませるのか、芸術という表現活動に変えるのか。

無論、後者が美しいのであり、妄想のテロリスト梶井基次郎ほど美しい人間を僕は知らない。

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『檸檬』ゆかりの書店

最後に考察ではなく、豆知識になります。

作中で主人公が檸檬を購入した果物屋は、京都の寺町二条の角に実存する「八百卯」というお店がモチーフのようです。現在も果物、フルーツ雑貨を扱うお店として営業されているみたいです。

同じく作中に登場する丸善も、実際の「丸善京都本店」がモチーフのようです。2005年に一度閉店しましたが、2015年に復活し現存です。

ちなみに、かつての丸善の閉店時には、文学ファンたちがこぞってレモンを置いて帰るという、いたずらのような、愛情のこもった事件が起こったようです。

文学を愛する人なら、一度は京都に足を運んで、美と憂鬱の大爆発の軌跡を辿ってみるのもいいかもしれませんね。

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