綿矢りさ『蹴りたい背中』芥川賞あらすじ解説|スクールカーストとオタク文化

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踏みたい背中 散文のわだち

綿矢りさの小説『蹴りたい背中』は、史上最年少での芥川賞受賞で話題となった作品です。

当時の作者は大学在学中の19歳でした。

芥川賞受賞作においては、村上龍の『限りなく透明に近いブルー』以来28年ぶりにミリオンセラーを記録しました。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。

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作品概要

作者綿矢りさ
発表時期  2003年(平成15年)  
ジャンル中編小説
ページ数192ページ
テーマスクールカースト
オタク文化
虚構と現実の距離感
受賞第130回芥川賞

あらすじ

あらすじ

高校に進学して数ヶ月、ハツは未だに周囲と打ち解けていません。唯一中学からの友人である絹代とも疎遠気味です。授業での班決めでは、にな川という暗い男子と自分だけが余り物になる始末です。

授業中、にな川は何故か女性ファッション誌を読んでいました。不思議に思ったハツは、表紙のモデル(オリチャン)に目がとまります。ハツは中学生のとき、無印良品でオリチャンに会ったことがあるのです。その事実をにな川に告げます。彼はオリチャンの大ファンらしく、詳しく話を聞きたいと、放課後にハツを家に招きます。彼の部屋のファンシーケースの中には、オリチャンに関する品が大事に保管されていました。その中に、裸の女性の写真に貼り付けたオリチャンのアイコラ画像を発見します。ハツは異様な気分になり、にな川を後ろから蹴り倒します。それ以来ハツは、にな川の背中を蹴る行為に、妙な愉悦を感じるようになります。

にな川に誘われ、ハツと絹代はオリチャンのライブに行くことになりました。絹代は「にな川はいい彼氏なんじゃないか」「ハツはにな川のことが本当に好きなんだね」と言うのですが、「自分の気持ちはそうじゃない」とハツは思っています。

ライブ後に出待ちをしたためバスが無くなっており、にな川の家に泊まることになりました。絹代が眠った後もハツはよく眠れず、ベランダでにな川と話をします。にな川はライブや出待ちの経験を経て、オリチャンを遠くに感じたようで、落ち込んだ様子で背を向けています。その時にハツはにな川の背中を蹴ろうとします。指が当たったところでにな川が気づきますが、ハツは知らないふりをするのでした。

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個人的考察

個人的考察-(2)

スクールカーストとオタク文化

主人公のハツと、同級生のにな川の奇妙な交流を描いた物語でした。二人に共通するのは、学校内で阻害された存在だと言うことです。いわば、スクールカーストの下層部分に焦点を当てた小説なのです。

2000代はまさに「スクールカースト」という言葉が、ひとつの社会現象としてピックアップされ始めた時期です。それに伴い、スクールカーストを題材にしたエンタメ作品が多く生み出されました。当時を生きた人なら、ドラマ『野ブタ。をプロデュース』が印象に残っているのではないでしょうか。

さらに「オタク文化」の概念が大きく変遷したのも2000代です。

本来サブカルチャーの愛好家のことを「オタク」と称します。ところが1980年代、世間を震撼させた少女誘拐殺人事件の犯人である宮崎勤が、特撮・アニメ・ホラー映画などの愛好家だったために、メディアの報道によって、「オタク=変質者・犯罪者予備軍」といったネガティブな印象で周知されるようになります。90代に入っても依然として負のイメージが払拭されませんでしたが、『新世紀エヴァンゲリオン』の大ヒットにより徐々にオタク文化の社会的な許容の幅が広がっていきます。そして2000代に入れば、ドラマ『電車男』のヒットが物語るように、社会的に阻害されたオタク文化を肯定的に捉えようとする動きが活発になります。

『蹴りたい背中』のにな川は、モデルのオリチャンの熱狂的なファンで、あらゆるグッズを収集する、いわゆるオタクでした。そういう意味では、『蹴りたい背中』は2000代のスクールカーストやオタク文化といったホットな社会的テーマを捉えた作品だと言えます。 

芥川賞は新進の作家、とりわけ新しい表現を生み出した作家に与えられる傾向にあります。そのため、リアルタイムな時代感を捉えた作品が受賞することが多くあります。記憶に新しい作品であれば、『コンビニ人間』などはまさにそうです。

言うなれば、『蹴りたい背中』は2000代の社会の様子を最も文学的に表現した小説作品だったということになります。

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ハツの背中を蹴りたい心情とは?

にな川の家に招かれたハツは、彼のファンシーケースの底に自作のアイコラ画像を発見します。裸の女性の写真にオリちゃんの顔写真を貼り付けた、性的な目的の作品です。それを発見したハツは、殆ど本能的ににな川の背中を踏みつけていました。

この、もの哀しく丸まった、無防備な背中を蹴りたい。痛がるにな川を見たい。いきなり咲いたまっさらな欲望は、閃光のようで、一瞬目が眩んだ。

『蹴りたい背中/綿矢りさ』

背中を蹴った理由が難解なのは、ハツは単に思春期の男子の性欲や、オタク的な側面に嫌悪感を抱いただけではなさそうだからです。嫌悪と同時に、痛がるにな川を見たいというある種の愉悦が見て取れます。

このサドじみた愉悦はどこに起因するものなのでしょうか。

個人的には、にな川に対する嫉妬が原因だと考えています。とは言っても、恋愛感情に根差した嫉妬では無いでしょう。

唯一の友人である絹代は、ハツがにな川に恋をしていると勘違いしていました。ところがハツははっきりと、全く別の感情を抱いていることを明かしています。

ぞっとした。好き、という言葉と、今自分がにな川に対して抱いている感情との落差にぞっとした。

『蹴りたい背中/綿矢りさ』

ハツとにな川は、同じく教室の中で疎外された存在です。ハツの場合は、絹代の気遣いでグループに打ち解ける機会を用意されているものの、頑なにそれを拒んでいました。ところが、部活の顧問にまつわる場面では、自分のことを認めて欲しいという感情を吐露しています。

つまりハツの厭世的な態度は、ある面では虚勢を張っているのでしょう。人間関係に辟易しているのは事実であると同時に、他者に求愛しているのも事実なのです。

一方で、にな川の場合はオリちゃんに夢中で、現実世界には殆ど無頓着です。ハツとは違い、虚勢を張ることもなく純粋に自分の好きなものに没頭しているのです。

孤独に慣れ親しんでも、心の中では求愛してしまうハツにとっては、にな川のように完全に自分の殻に篭ることが出来る存在に激しい嫉妬を抱いていたのだと思います。その気持ちの延長線上に、にな川を辱めてやりたいという願望があったのではないでしょうか。

にな川が仮に痛いことが好きだったら蹴りたい気持ちはなくなる、と綴られていました。現実逃避に一切の恥じらいを持たないにな川を、どうにか恥ずかしい気持ちに、痛い気持ちにさせて、振り切れない自分と同じ弱さが彼にもあることを証明したかったのでしょう。

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妄想という一番近い場所

オリちゃんに向けられたにな川の心情も重要なテーマだと思います。

いわゆるオタクであるにな川は、オリちゃんにまつわる品であれば、レディースの洋服であろうがコスメであろうが何でも収集していました。それはいかに自分がオリちゃんと近い場所にいるかを証明する手段だったのでしょう。

にな川は片耳だけでオリちゃんのラジオを聞いており、その理由は実際に耳元で囁かれている感じがするからでした。もはやにな川は妄想の世界にオリちゃんの虚像を作り上げているようです。現実逃避をして内に篭れば篭るほど、彼はオリちゃんと近い場所に到達出来るのです。

ところが、ライブに参戦し実物のオリちゃんを見たにな川の心情は大きく変化します。

「オリチャンに近づいていったあの時に、おれ、あの人を今までで一番遠くに感じた。彼女のかけらを拾い集めて、ケースの中にためこんでた時より、ずっと。」

『蹴りたい背中/綿矢りさ』

妄想の世界で身近に感じていた存在を、現実世界で目撃したことによって、オリチャンが最も遠い存在なってしまったのです。虚像との間で縮めていた距離が崩れ、一般人とモデルという現実的な隔たりを痛感させられたのでしょう。

2020年に芥川賞を受賞した『推し、燃ゆ』という小説でも似たような主題が描かれていました。タイトル通り「推し文化」を題材にした作品ですが、実際に本人と繋がりたいという欲はなく、ただ推していることに幸福を感じるアイドルオタクの心情が物語られています。

『蹴りたい背中』から17年が経過し、オタク文化は「推し」というアイコニックな言葉で語られるようになりましたが、その内に存在する虚像と現実の距離感というテーマは普遍的なのでしょう。

ただし『推し、燃ゆ』の場合では、「推し」という逃避行動に対して完全に肯定的なスタンスがとられています。そういう意味では、『蹴りたい背中』が発表された時代よりも、さらにオタクや推し文化に対する許容度が高くなったと言えるでしょう。

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太宰治の系譜を引く作風

高校時代に文芸賞を受賞し、大学時代に芥川賞を最年少で受賞した綿矢りさ。

彼女が作家を志すきっかけとなったのは、17歳の頃に太宰治の作品に引き込まれたことだそうです。純文学好きの人であれば、本作を読み進める中で「太宰っぽさ」を実感したのでは無いでしょうか。

現実世界と齟齬を感じている女性の心中を独白的に綴るスタイルが、太宰の代表作『女生徒』を彷彿させます。同級生や部活の先輩や先生などを冷ややかな目線で観察して、あーだこーだぼやく文体です。

『女生徒』の主人公が様々に考えあぐねるように、『蹴りたい背中』の主人公もどっちつかずな葛藤を抱えています。陳腐な言葉かもしれませんが、いわゆる「こじらせ女子」という長く続く文学の系譜を引き継いだ作品だと言えるでしょう。

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