芥川龍之介『魔術』あらすじ考察 人間のエゴがいかなる結果を招くか

魔術 散文のわだち
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芥川龍之介の小説『魔術』と言えば、人間のエゴイズムを描いた芥川らしい作品です。

初期、中期、後期と作風が変遷する彼ですが、とりわけ初期の「鼻」「芋粥」「蜘蛛の糸」などが好きな人におすすめです。

『魔術』作品概要

作者芥川龍之介(35歳没)
発表時期1920年(大正9年)
ジャンル短編小説、児童文学
テーマ人間のエゴ
人間の欲深さ

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『魔術』簡単なあらすじ

あらすじ

主人公は、インドの独立運動家であるミスラ君の住宅を訪れます。ミスラ君はインド魔術の使い手であり、かねてから魔術を見せてもらう約束をしていたのです。

ミスラ君の魔術の数々に驚嘆した主人公は、自分にも魔術を教えてほしいと頼みます。なんでも、欲を捨てなければ魔術は使えないらしく、主人公は欲を捨てることを誓い、ミスラ君に魔術を習います。

それから1月後、主人公は銀座のクラブで、友人たちに魔術を披露して欲しいと頼まれます。気軽に承諾した主人公は、暖炉から燃える石炭をつかみ出し、それを床にまき散らすと、石炭はたちまち金貨に変わりました。欲を出してはいけないため、金貨を石炭に戻そうとします。すると友人たちは、その金貨を賭けてトランプで勝負するよう申し込んできました。渋々勝負を始めたものの、不思議と主人公は勝ち続け、いよいよ友人は全財産を賭けての勝負に挑んできました。主人公はついに欲が出てしまい、大勝負に際してこっそり魔術を使ってしまいます。途端にトランプの絵のキングが笑い出し、ミスラ君の声で喋り出しました。

気がつくと、主人公はミスラ君の部屋にいました。主人公は幻覚の中で、魔術を使うに値しない、未熟な人間であることを露わにされたのでした。




『魔術』個人的考察

個人的考察

マティラム・ミスラ君とは?

マティラム・ミスラ君と云えば、もう皆さんの中にも、御存じの方が少くないかも知れません。

『魔術/芥川龍之介』

インドの活動家であるミスラ君が、あたかも広く世間に知れ渡っているような言い草で綴られます。

それと言うのも、実はこの「マティラム・ミスラ」という人物は、谷崎潤一郎の『ハッサン・カンの妖術』という小説に登場するのです。

いずれにおいても、主人公がマティラ・ミスラという人物と出会い物語が進行する形式です。

芥川にとって谷崎は同大学の先輩であり親交もありました。そのため谷崎の作品を意識して、あえて「マティラム・ミスラ」という人物が既に知られているという前提で『魔術』を執筆したことが見て取れます。

とは言え、芥川と谷崎の作品は全くの別物語ですので、是非谷崎の『ハッサン・カンの妖術』も併せてチェックしてみてください。

火にまつわるインドの宗教観

ミスラ君の師匠として、名高い婆羅門であるハッサン・カンという人物が記されます。

ハッサン・カンはバラモン教というインドの宗教に属していました。このバラモン教の宗教観から考察すると、作品の構造が明確になっていくと思います。

インドにはカースト制度が存在し、最上層に位置するのが「婆羅門」です。僧侶や祭司の役割を担っています。彼らが執り行う最も基本的な儀式では、「火」が用いられます。そして、儀式中に「火」を扱えるのは、その場で1番権力を持った支配的立場の者だけです。

本作『魔術』においても、「火」は重要な役割を担っていました。

ミスラ君の屋敷で主人公はいくつかの魔術を目撃します。その1つに火の灯ったランプをコマのように回すという術がありました。当初は火事にならないか心配していましたが、次第に主人公は火の美しさに心酔していきます。

火を扱っているのはミスラ君です。バラモン教の儀式において火を扱えるのは最もな支配者であり、この時点で主人公はミスラ君の支配下にいることが見て取れます。つまり、主人公が迷い込む幻覚は、ミスラ君によって支配された世界だということがこの部分から解釈できます。

さらに幻覚の世界において主人公は、石炭の火を金貨に変えます。ともすれば、主人公は火を扱うことのできる支配的立場であることが分かります。ところがこの幻覚の世界を外部から支配しているのはミスラ君であり、つまりは「火」を扱える資格(魔術の資格)を主人公は試されていたのです。ところが主人公は欲を露わにしたためにその資格を失いました。

「火」を引き金に幻覚の世界が創出され、「火」によって魔術の資格を試されていた、という物語の構造になっているのだと思います。

無論、バラモン教の宗教観に根差しているのだと思います。




欲によって望みが絶たれる

芥川の作品にはしばしば、人間のエゴによって望みが絶たれる、という因果応報的な宗教観が描かれることがあります。

本作『魔術』においては、トランプの勝負で友人の全財産を手に入れたいという欲が芽生えたばかりに、魔術を扱う資格がないと主人公はたしなめられました。

代表作『蜘蛛の糸』の場合も同様です。地獄に墜ちた「犍陀多カンダタ」が、生前に蜘蛛を助けた報いとして、お釈迦様に極楽浄土に通づる糸を垂らしてもらいます。ところが自分だけが助かろうという欲が出た途端に糸はぷつりと切れてしまいました。

杜子春』という作品も有名です。仙人になるために、絶対に声を出してはいけないという厳しい修行を青年が決行します。ところが両親が酷い目に合わされる場面で遂に声を出してしまい、仙人になれませんでした。この作品も幻覚の中で試される設定なので、『魔術』と非常に似た構造です。ところが『杜子春』の場合は仙人になれなくとも・・・胸が熱くなる結末なので、是非読んでみてください。

このように人間のエゴが招く結果を多数描いた芥川龍之介。

大正時代に個人主義の風潮が日本に流入されたことが大きな要因でしょう。彼の作品には個人主義を尊重すると同時に、個人主義ゆえの責任のようなものも描かれているように思います。

つまり、個人の自由を追求するとき、他人の自由を尊重することを忘れ、自分勝手に振舞うと痛い目に遭うという教訓が落とし込まれているように感じます。

同様のことを、彼の師である夏目漱石も『私の個人主義』という作品で論じています。是非チェックしてみてください。

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