芥川龍之介の『猿蟹合戦』あらすじ考察 昔話の後日談は残酷!?

猿蟹 散文のわだち
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芥川龍之介の小説『猿蟹合戦』をご存知ですか?

1923年頃に執筆された短編小説です。芥川龍之介のキャリアでは後期の作品になります。

芥川龍之介は古典作品から着想を得て、独自の物語に作り替える手法を得意とする作家でした。その中でも「猿蟹合戦」は、有名な日本の昔話「さるかに合戦」の後日談を描いた、いわゆるパロディ小説です。

猿を退治した後の蟹の身の上が、かなり現実的な目線で描かれています。昔話らしからぬ法治国家の設定に、斬新なユーモアが感じられます。

さらには、ただ昔話を現実主義的に面白おかしく描いているだけではありません。人の世に対する辛辣なメッセージが含まれています。その辺りのテーマを捉えながら、あらすじを考察していこうと思います。

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『猿蟹合戦』の作品概要

作者芥川龍之介
発表時期1923年(大正12年)
ジャンル短編小説、パロディ
テーマ権威主義批判、社会風刺

『猿蟹合戦』の300文字あらすじ

蟹と猿は、おにぎりと柿を交換をする約束をしました。しかし猿は約束を破り、青柿ばかりを蟹に投げつけます。そこで蟹は、臼と蜂と卵に協力してもらい、猿を成敗しました。

その結果、彼らは殺人罪に問われます。主犯格である蟹は死刑、共犯である臼と蜂と卵は無期懲役になります。事の大方が口約束だったため、猿の悪巧みを証明することができなかったのです。

世論も蟹の見方をすることはありません。それどころか、危険思想や、仏教信仰の欠落など、様々な憶測によって蟹は非難されます。

蟹は猿と戦ったが最後、天下のために殺される運命なのです。そして「君たちも大抵蟹なんですよ」と読者に訴えるのでした。

『猿蟹合戦』のあらすじを詳しく

①昔話のエンディング

蟹と猿は、おにぎりと柿を交換する口約束を交わします。しかし卑劣な猿は約束を破り、青柿ばかりを蟹に投げつけます。まいった蟹は、臼と蜂と卵に協力してもらい、猿を成敗しました。

悪は裁かれ、最後は必ず正義が勝つ

誰もが知る昔話「さるかに合戦」は、ここで幕を閉じます。その後、蟹たちがどういう運命を辿ったのかは当然語られていません。

むしろ読者は、「卑劣な猿を退治し、蟹たちは平穏な暮らしを取り戻した」と勝手な想像さえしているのです。

しかし事実は異なります。平和ボケした君の憶測なんて木っ端微塵なのです。

②蟹が裁かれる運命

本来なら猿を成敗し、ハッピーエンドで済むはずの昔話。しかし、実際は残酷な運命が待っていました。

どうやら猿を成敗した後に、蟹たちは殺人罪で警察に捕まり、牢獄に送り込まれたようなのです。

そして裁判の結果、主犯格の蟹は死刑、共犯者の臼と蜂と卵は無期懲役になります。

猿がおにぎりと柿を交換する約束を破り、青柿ばかりを与え、挙句自分に傷害を加えた」と蟹は事実を主張します。しかし、蟹と猿は物々交換の取引において、証書を交わしていないため、猿に悪意があったかを立証するには証拠不十分でした。

そもそも「青柿ではなく、『熟した柿と交換する』という約束をしていたのか?」などの疑問点もあり、蟹の証言は効力を持たなかったようです。

蟹側についた弁護士も、証拠が不十分過ぎるため勝ち目がないと、蟹に諦めを促す始末です。




③世論はどうなのか

世論も蟹の味方をしません。

蟹が猿を殺したのは個人的な恨みのためであり、その恨みは蟹の無知から来るものである

世の中の非難はかなり辛辣でした。

某男爵は、流行の危険思想が引き金になったと論じます。
大学教授は、蟹の行為は復讐にあたり、復讐は倫理的に悪であると論じます。
社会主義者は、蟹がおにぎりや柿という私有財産をチラつかせたため、臼や蜂や卵も反動的思想を持つに至ったと論じます。
宗教家は、蟹が仏慈悲を持っていれば、猿を憎まずに憐んだだろうと論じます。

このように各方面の知識人が、蟹の敵討ちに批判的でした。

ある代議士だけが蟹を擁護する主張しました。しかし、彼は動物園に行った際に、猿に尿をかけられた恨みがあるため蟹の見方をしたのだ、とゴシップ雑誌が報道しました。

④蟹の家族はどうなったのか

蟹が死刑になった後、その家族はどうなったのでしょうか。

蟹の妻は売春婦になりました。それが貧困のためか、彼女自身の性事情のためか、詳しい動機は分かっていないようです。

長男は株屋の番頭をしていますが、父の事件を機に心を改め、相互扶助論の実例にもなりました。つまり、生物は生存競争ではなく、自発的な助け合いによって進化するという学説に一役買った生き方をしたのです。他人を恨む行為をの愚かさを、反面教師である父の行為から学んだのでしょう。

次男は小説家になりました。父の事件を例にして、善と悪についての皮肉ばかりを訴える、ろくでもない作家のようです。

三男は馬鹿者なので、あくまで蟹のままでした。

ある日、三男が散歩をしていると、道におにぎりが落ちていました。それを見ていた猿が柿の木から・・・。

どうやら父と同じ運命を辿ることになりそうです。

要するに、蟹は猿と戦ったが最後、天下のために殺される運命なのです。

そして最後に作者は、読者に向けてこう訴えるのです。

君たちも大抵蟹なんですよ。

その言葉とともに、物語は幕を閉じます。




『猿蟹合戦』の個人的考察

蟹の存在から社会を紐解く

呑気な昔話がこれだけリアリスト的な視点で描かれると、思わず笑ってしまいますよね。

しかし、読者に向けられた最後の一文を見た途端、背筋が伸びる感覚があったのではないでしょうか。

君たちも大抵蟹なんですよ。

私たちが蟹であるなら、そもそも蟹とはどういう存在なのでしょうか。

要するに「猿蟹合戦」における蟹は、知識に乏しい社会的弱者を意味します。

一方で猿は権力者を指します。猿の横暴かつ利己的な悪巧みによって、蟹はおにぎりと柿の両方を得ることができませんでした。社会的弱者は搾取されるという世の中の仕組みを端的に表現しています。

しかし昔話は児童向けであるため、あくまで正義の存在に陰りを見せてはなりません。つまり、社会的弱者であろうが、悪に屈することは何があっても許されないのです。そのため、蟹は仲間の協力のもと、猿を成敗します。

その後日談を現実主義の目線で描けば、権力者に楯突いた蟹は確実に潰されます。

まさしく本作では、蟹の主張は証拠不十分と判断され、死刑宣告を受ける羽目になります。証拠不十分の原因は、証書を交わしていないことや、猿の悪意を証明するものがなかったからです。

社会的弱者と権力者との決定的な差異は知識の有無であり、権力者はその格差を利用しています。仮に社会的弱者が楯突いたとしても、圧倒的な知識の格差を前にしては、不穏分子の排除など造作がないわけです。

つまり、「とにかく猿と戦ったが最後、蟹は必ず天下のために殺されることだけは事実である」という言葉通りの仕組みが、皮肉にも描かれていたのです。

このように、我々一般市民を「蟹」という社会的弱者に例えることで、現実世界の構図をニヒルに訴えていたのでしょう。

我々が大きな力に楯突けば、様々な大義名分によって、力で潰されてしまうのです。法律も警察も世論も学者も宗教も、弱い者を救ってはくれません。我々は大抵は蟹なのです。

世論は権力に支配されている

また、本作の皮肉が最大限に描かれているのは世論の部分でしょう。

蟹を擁護する声はほとんどありませんでした。もちろん、法治国家であるため、蟹に対する私的な感情が働くのは望ましくないことです。しかし、いくら真実が正しさを主張しても、法律や社会規範を前にすれば、「世論は体裁に抗うことができない」という、杜撰な人の世の仕組みが描かれているように思われます。

猿の悪意を証明できない以上、蟹が世論を味方につけることは不可能です。正義とは法律の内側だけで成り立つものであり、そのフェンスを飛び越えた途端、何人も正義にはなり得ません。ともすれば、証拠を残さずに実行された猿の悪意もまた、法律に裁かれることはないのです。社会における正しさとは一体何なのか、深く考えさせられる小説です。

あるいは、各方面の知識人が、適当な考察を論じる場面もかなり皮肉的で笑えますね。

ワイドショーなんかを見ていると、女子高生の自殺について、顔の肉が分厚い学者たちが集まって、SNSの危険性だの、家庭環境だの、いじめやハラスメントや、好き勝手に論じた挙句、相談できる相手がいれば、なんて一般論で片付ける光景はよく目にしますよね。

本質的な原因を無視して、適当な一般論で片付けて問題が解決するような、滑稽な社会の仕組みを、「猿蟹合戦」は揶揄していたように感じます。

あるいは、知識人であっても権力の前では一般論しか口にできない、杜撰なメディアを暗に非難しているのかもしれません。

昔話一つ取っても、世の中のクリーンな側面しか描いていない可笑しさを、芥川龍之介はパロディ形式で主張したのでしょう。

本作を読んで、皮肉を皮肉たらしめるのはユーモアだと実感しました。我々が権力に抗えば、簡単に潰されてしまいます。我々に与えられた手段は、「蟹」として生きることではないのです。ユーモアこそが権力に抗う唯一の手段なのです。紛れもなく、芥川龍之介はユーモアによって社会を批判したのですから。

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以上、芥川龍之介の『猿蟹合戦』のあらすじと考察の説明を終了します。

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