宮沢賢治の童話『猫の事務所』と言えば、数少ない生前に発表された作品です。
その人気のために、漫画、戯曲、アニメ映画など、派生作品が多く存在します。
本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。
作品概要
作者 | 宮沢賢治(37歳没) |
発表時期 | 1926年(大正15年) |
ジャンル | 童話 児童文学 |
ページ数 | 16ページ |
テーマ | いじめ・差別 競争社会の無情 |
収録 | 作品集『銀河鉄道の夜』 |
あらすじ
歴史と地理の案内をする事務所がありました。黒猫の事務長、一番書記の白猫、二番書記の虎猫、三番書記の三毛猫、そして、四番書記のかま猫が働いています。
四番目のかま猫は、かまどで寝るため「かま猫」と呼ばれており、かまどの煤で体が汚れているので周囲からは嫌われています。また、かま猫は優秀に仕事をこなすため、同僚の猫からいじめられています。かま猫は嫌われまいと周囲に気遣いをするのですが、それがかえって同僚たちの顰蹙をかうのでした。ただし事務長だけは優しく面倒を見てくれていたので、かろうじて仕事を辞めるには至りませんでした。
しかし、三匹の書記たちが、かま猫が事務長の座を狙っているという、ありもしない噂を密告します。おかげで事務長までもがかま猫を憎むようになり、かま猫は仕事を取上げられてしまいます。かま猫は立ち尽くしたまま涙を流すことしかできませんでした。窓の外からその様子を見ていた獅子は、部屋の中に入ってきて、事務所の解散を命じます。
物語の語り手は「ぼくは半分獅子に同感です。」と言うのでした。
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個人的考察
異質な存在の排除(いじめ・差別)
かつて『猫の事務所』は教科書に掲載されていたこともありました。 いわゆる「いじめ問題」から「差別の問題」まで、その実態に踏み込んだ主題だからでしょう。
かま猫は同僚の猫たちに忌み嫌われていました。その理由は、かまどで寝る習慣があるため体が煤で汚れているから、という理不尽な内容でした。仮に、かま猫が嫌な性格で、周囲に害をもたらしているなら、忌み嫌われるのも理に適った結果と言えるでしょう。ところが実際は、皆とは習慣や姿形が異なるという理不尽な理由のみで酷い目に遭っていたのです。
要するに「異質な存在」を排除しようとする人間の習性を象徴しているのだと思います。肌の色や文化が違うだけで目くじらを立てて、否応なく敵対視する人間社会に見立てて描いているのでしょう。
かま猫は嫌われまいと周囲に気遣いをするものの、それがかえって逆効果でした。同僚の猫たちが落としたものを善意で拾ってあげようとすれば、余計嫌われる始末です。思い返せば、いじめられっ子が消しゴムを拾ってあげた結果、余計いじめられるような場面に、誰しもが(当事者であれ傍観者であれ)関与したことがあると思います。
我々人間は、自分とは違う「異質な存在」に恐怖を感じるため、本能的に排除しようという考えが働いてしまいます。ましてや、かま猫の場合は優秀に仕事を熟していましたから、周りからすれば見下している存在が自分よりも優れているなんて認めたくないわけです。
ちなみに最終的に、かま猫は全員に無視され、仕事も与えられなくなります。村社会として発展した日本人は、村八分という言葉が意味するように、特定のコミュニティから追い出されることに最も恐怖を感じる種族です。つまり無視をしたり、仕事を与えなかったり、存在しないものとしてコミュニティから追放するような仕打ちは、かま猫にとって最も残酷な暴力と言えるでしょう。
嫉妬深く、出る杭は打つ、そんな人間の醜い部分を見事に表現した作品だと思います。
出世競争の無情さ
かま猫が排除された背景には、出世競争も関係しているでしょう。
猫の事務所の書記という仕事は非常にエリート職でした。多くの応募の中からたった四人だけが採用される、皆が憧れる職業だったのです。当然かま猫もエリートで、ましてや四人の書記の中で最も優秀であるように描かれていました。ともすれば、他の同僚からすれば、かま猫の仕事ぶりが鼻につくのは当然です。彼らは自分が出世するためなら、同僚を陥れることも厭わない、熾烈な競争社会に居たわけです。
実際に三匹の書記たちは、ありもしない噂を流してかま猫を陥れました。まるで邪魔な存在だからスキャンダルを流して排除する、人間社会のやり方とそっくりです。
優しかった事務長ですら、かま猫が事務長のポストを狙っているという噂を聞いた途端、別人のように態度を変えて、かま猫を敵対視しました。彼らは皆、自分の出世と立場守りに敏感な、薄情なエリートだったわけです。
事務長の腹黒さ
自分のポストが危ぶまれた途端に態度が豹変した事務長でした。競争社会では得てして仕方がないことなのかもしれません。
ただし、当初の事務長がかま猫に優しく振舞っていたのには、理由があったことにお気づきでしょうか。
本来かま猫のようなヒエラルキーの低い種族は、いくら努力しても書記になることは不可能でした。それが叶った理由は、「何せ事務長が黒猫なもんですから」と記されています。
つまり、黒猫もあまり高いヒエラルキーの種族ではないということでしょう。煤で汚れて体が黒くなっているかま猫が差別されることから分かるように、「黒い猫」は被支配層という設定で描かれているのです。これは恐らく宮沢賢治が人間社会の実態を落とし込んでいるのだと考えられます。
ともすれば、黒猫である事務長がかま猫を採用したのは、自分が被差別者である境遇を回避するためだと考えられます。優秀でありながら、最下層のヒエラルキーであるかま猫を置いておくことで、書記たちのポスト争奪を食い止めていたのでしょう。かま猫に良い仕事を与えていたのはそのためだと考えられます。自分の保身のためにかま猫を手元に置いておき、都合が悪くなったから切り捨てたのでしょう。
まるでどこかの、顔の肉が分厚い権力者のようですね。
ちなみに最終的に事務所の解散を命じたのは、突然登場した獅子でした。獅子はライオンのことで、ライオンはネコ科ですから、猫の世界で最もヒエラルキーの高い存在として描かれていたのだと思います。
なぜ「半分獅子に同感」なのか
ぼくは半分獅子に同感です。
『猫の事務所/宮沢賢治』
かま猫が無視され、仕事を取り上げられた状況を見た獅子は、事務所の解散を命じます。それに対して、物語の語り手が放った台詞が上記の引用です。
恐らく、どうして半分なのか?と疑問に思った人も多いでしょう。こういう引っかかりをあえて残すのが宮沢賢治の魅力でもありますよね。
もちろん、異質な存在として理不尽に排除され、優秀であることを嫉妬され、でたらめな噂でのけ者にされた、かま猫は無実です。ただし根本を辿れば、かま猫の配慮は間違った方に向いていたように思います。
嫌われまいと周囲に媚びを売るばかりで、自分がなぜいじめられているのか、その本質的な原因にかま猫は対峙していません。彼がいじめられるのは、かまどで寝て体が煤で汚れているからです。ともすれば、かまどで寝る行為をやめれば原因が解決します。それに気づかないかま猫にも、欠点があると言えるでしょう。
語り手は、自分の欠点を理解しながら、改善しようとしないかま猫の素質を見抜いて、半分の同感に留めたのではないでしょうか。
理不尽な出来事が蔓延る社会は許しがたいものです。しかし、自分の努力不足さえも理不尽な社会に託ることほど楽な生き方はありません。本作には、現実に対峙することの重要さが描かれているのではないでしょうか。
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ドラマ『宮沢賢治の食卓』
宮沢賢治の青春時代を描いたドラマ、『宮沢賢治の食卓』が2017年に放送された。
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▼ちなみに原作は漫画(全2巻)です。