宮沢賢治『オツベルと象』あらすじ考察 本当は怖い「一字不明」の意味

オツベルと象 散文のわだち
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宮沢賢治の『オツベルと象』と言えば、数少ない生前に発表された童話で、教科書にも広く採用される作品です。

メタ表現によって執筆当時の時代背景が落とし込まれた、風刺的な作品になっています。

考察ポイント
・大正時代の労働問題からアプローチ
・白い像が象徴するものとは?
・「川に入っちゃいけない」の意味

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『オツベルと象』作品概要

作者宮沢賢治
発表時期1926年(大正15年)
ジャンル短編小説、童話
テーマ資本家と労働者
イギリスの植民地

文化支配に対する警笛

『オツベルと象』簡単なあらすじ

百姓を扱き使うオツベルは、パイプを咥えたり、ビフテキやオムレツを食べて悠々自適に暮らしています。

ある時、作業場にやって来た白い象を、オツベルは金儲けに利用しようと考えます。時計や鎖や靴や重りを与え、無理やり働かせたのです。当初は労働の喜びを実感していた象ですが、日に日に労働は過酷になり、与えられる食事の量は少なくなっていきます。

「苦しいです。サンタマリア。」
「もう、さようなら、サンタマリア。」

衰弱した象の手紙を見た仲間たちは、オツベルをやっつけるために、すごい勢いで駆けつけて来ます。オツベルは百姓たちに小屋の戸を閉めるように命令しますが、皆主人の巻き添いになることを恐れて降参の合図を示します。オツベルは象の集団にピストルを食らわしますが、全く効果はなく、そのまま踏み潰されてしまいました。

仲間に救出された白い像は、寂しく笑っているのでした。

『オツベルと象』個人的考察

大正時代の資本家批判

本作が執筆されたのは、職工問題など資本家による搾取が問題視された大正時代です。新式の稲扱機械を作中で何度も取り上げたり、象の馬力を強調する点からも、工場製機械工業への移行と大量生産の時代の到来を象徴していたことが判ります。

プロレタリア文学はもちろん、芥川龍之介など多くの文学者が当時の過酷な労働環境に対して警笛を鳴らしていました。宮沢賢治も当時の劣悪な労働状況を批判していたのでしょう。

資本家であるオツベルが、被支配層である白い象を粗悪な労働環境で搾取している、という利益至上に対する風刺の物語であることが推測できます。

オツベルは白い象に時計や靴や鎖や重りを与えましたが、次の日には時計と靴は破けて、鎖と重りだけになっていました。恐らく、労働時間の規則や身体の安全性が失われ、鎖と重りだけで奴隷のように働かされるようになった白い像の悲惨な境遇が表現されていたのでしょう。

衰弱し切った白い像は仲間たちの助け(いわゆるストライキ)によって、支配層にある資本家をやっつけるという成敗の物語が描かれていたのだと思われます。

しかし、その裏には百姓に対する皮肉も描かれているように思われます。つまり、いかなる状況が起きようと、面倒なことに巻き込まれないように知らぬふりをして口を閉ざす百姓に警笛を鳴らしていたのではないでしょうか。自分たちで行動しない限り何も変わらないことを宮沢賢治は示唆していたのだと思います。

インドの植民地支配

日本国外の問題に焦点を当てれば、イギリスによるインドの植民地支配と、ガンディーによる不服従運動が本作に大きく関係していると考えられます。

作品の語り手が牛使い、そして作中の白い像。これらはインドを象徴する生き物であることは言うまでもありません。ともすれば、支配者のオツベルはイギリスを象徴しており、インド国内での植民地支配を風刺する物語と考察することができます。オツベルのパイプを咥えている描写はイギリスを想起させなくもありません。

あるいは、ガンディーを想起させる描写も存在しました。

白象は仏教やヒンドュー教において神聖な動物です。また、象が月に語りかける場面では「サンタマリア」というキリスト教の母なる言葉を口にしていました。そして月はイスラム教のシンボルでもあります。

まさに「自分はヒンドゥー教徒であり、イスラム教徒でもあり、キリスト教に賛同する」と言って世界中に対話を呼び掛けたガンディーの特徴を具現化しているように思われます。

いかなる支配下にあろうとも絶対に屈してはいけない、というガンディーの強靭な意思が物語に落とし込まれていたのだと思います。

「川へ入っちゃいけない」の意味

本作最大の謎は、最後に綴られた不可解な文章でしょう。

おや、〔一字不明〕、川へはいっちゃいけないったら。

『オツベルと像/宮沢賢治』

「一字不明」なのは原稿の問題であるにしても、何か意味深な雰囲気を感じさせますし、唐突に物語と関係のないような文章が挿入されているので非常に不可解です。

インドの植民地支配に焦点を当てるとすれば、文章に登場する「川」「ガンジス河」だと考えられます。ガンジスはインドにおける神聖な文化を象徴するものです。

ともすれば、「川に入ってはいけない」とは、西欧人がずけずけと、伝統的価値観、宗教の領域に踏み込んではいけないという主張が記されていたのかもしれません。

オツベルは作中でビフテキを食べていました。ヒンドュー教では牛は神聖な生き物なので、ビフテキを食べるなどあってはならぬ行為です。イギリス人がインドの文化を無視して、好き勝手に振る舞っている様子が想起されます。

これらを踏まえれば、「一時不明」の文章はこんなふうに置き換えられるかもしれませんね。

おや、英、川へはいっちゃいけないったら。

語り手の牛使いが誰かに物語を読み聞かされているという設定から、その聞き手(子供?)がふざけて川に入ったのではないか、という考察もありますが、ガンジス河に置き換えた方が深みがあるので、当ブログの筆者は文化支配の考察を支持します。

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以上、宮沢賢治の『オツベルと象』のあらすじ考察を終了します。

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