太宰治『火の鳥』あらすじ解説|未完の傑作!富嶽百景との関係性

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火の鳥 散文のわだち

太宰治の小説『火の鳥』は、自身初の長編を構想しながら未完に終わった作品です。

自己破滅的な初期から再生を図る契機になった物語のため、ファン人気が高いです。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。

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作品概要

作者太宰治(38歳没)
発表時期  1939年(昭和14年)  
ジャンル長編小説(未完)
ページ数63ページ
テーマ自己再生
革命精神
収録作品集『新樹の言葉』

あらすじ

あらすじ

バーの女給として働く幸代と、その周りの男たちの物語です。

再婚相手である父が突然失踪し、母が自殺した複雑な過去を持つ幸代は、田舎を飛び出して当てもなく上京します。バーの女給として働き始め、そこで客として出会った乙彦。その刹那に彼と不幸の親しみを感じ、ホテルで情死を決行します。しかし、幸代だけが生き延びました。

情死が新聞に掲載されたことで、伯父に田舎に連れ戻され、温泉地で隠居生活を強いられます。それでも都会に追い縋った彼女は、偶然温泉地で再会した劇作家の朝太郎の手助けにより脱走します。皆が彼女の手助けをしたくなる。幸代は男を狂わせる女なのです。東京に戻った幸代を取り合って、男たちが熾烈な争いを繰り広げます。これまで幸代に振り回されてきた助七。死んだ乙彦の親戚で、幸代の身柄を引き受ける覚悟をした高須。幸代を女優に仕立て上げようとする朝太郎。

最終的に幸代は朝太郎に頼って女優として舞台に立ち、その技量は世間に評価されます。しかし、彼女は女優として甘い水を求めて生きることが、不幸な人生を再建する方法ではないと気づいています。高須は端から幸代が女優になったことが腑に落ちず、彼女をたぶらかす朝太郎に殴り込みに行きます。そこで未完のまま終了してしまいます。

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個人的考察

個人的考察-(2)

長編挫折の理由

「私は、いま長編小説ひとつに精進して居ります。三百枚くらいの予定ですが、百枚は、できあがりました。」

『中畑慶吉宛書簡』

書簡に記された内容によると、当初は原稿用紙300枚の長編を予定していたみたいです。ところが最終的には3分の1の段階のまま未完に終わってしまいます。

本作が執筆されたのは丁度、初期と中期の間の時期でした。パビナール中毒で精神病院に入院したり、初妻の不貞が原因で4度目の自殺未遂を決行したりと、えげつない暗黒時代を経て、どうにか精神的な再生を図ろうとしていた頃の作品なのです。

『火の鳥』の執筆にあたり、太宰は甲州御坂峠の旅館「天下茶屋」に滞在します。

当初は師である井伏鱒二が滞在しており、彼を訪ねる目的でやって来ました。そして彼の手助けにより、2人目の妻である美知子との縁談が進められたのも、この甲州時代です。

天下茶屋に滞在した3ヶ月の間に多くの人々と交流し、縁談も良好に進み、太宰の精神状態はどんどん安定していきます。この頃の様子は、中期の代表作『富嶽百景』で描かれています。

では当初の目的だった『火の鳥』の執筆はなぜ頓挫してしまったのか。

おそらく『火の鳥』は、太宰の中で自らの再建を試みるための作品だったのでしょう。精神的葛藤を作品に昇華することで、自己救済しようとしていたのだと思います。ところが、美知子との結婚という外的な要因による救済があったため、太宰の中で『火の鳥』を完成させる意義が失われたのではないかと考えられます。

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不死鳥による再生の物語

作者による自己救済のための作品だと前述しました。タイトルも不死鳥を想起させますし、物語自体「再生」がテーマになっています。

主人公の幸代は、父の失踪や母の自殺という暗い過去を背負っていました。幸代は高貴な血統の娘ですが、母が死んだことによって、幸代が最後の末裔になりました(失踪した父は再婚相手のため純粋な血統ではない)。そのため、母の死と同時に、幸代にとっての故郷は事実上失われてしまったのです。

故郷を失った彼女は、当てもなく上京し、バーの女給として働き始めますが、心に陰りを抱えたままでした。そんな時に客として来た乙彦と不幸者同士の共鳴をしてしまい、情死を決行します。ところが幸代のみ生き延び、さらに後ろ暗い過去を背負う羽目になりました。

実家に勘当され、故郷を失い、度重なる自殺未遂を決行した太宰。まるで作者の境遇が幸代に投影されているように見えます。

高野さちよは、美貌でなかった。けれども、男は、熱狂した。精神の女人を、宗教でさえある女人をも、肉体から制御し得る、という悪魔の囁きは、しばしば男を白痴にする。

『火の鳥/太宰治』

男を白痴にする女・幸代。

彼女は危険な精神状態である故に、男がそれを放っておけなくなり、皆が彼女に熱狂してしまいます。助七や朝太郎や高須など、彼女を取り巻く男たちはヒロイックな精神に取り憑かれていました。彼女に関われば自分の身を亡ぼすと知りながら、それでも彼女を導いてやりたいと思っていたのです。

ところが幸代は、見栄を張って自分に手を差し伸べる男に反感を抱いていました。男に頼らずに自立しなければ、本当の意味での自己再生は不可能だと気づいていたのでしょう。だからこそ、周囲に甘える状況から一転し、女優の仕事に専念したのだと思います。

ここにもまた、多くの女性の元を転々として、なかなか精神的自立を図れない大宰の内情が投影されているように感じます。初妻の不貞を機に、女性に依存するのではなく、自分ひとりで再生しなければいけない、という意志が大宰の中にあったのかもしれません。

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乙彦の存在が象徴する時代感

物語の冒頭で死んでしまう乙彦ですが、本作を紐解く上で彼の存在は重要です。

正体不明の彼は作中で「黒色テロリスト」だと明かされます。つまり、無政府主義者(アナーキスト)だったわけです。

ともすれば、彼の自殺は、思想敗北の結果だと考えられます。

親戚の高須は、乙彦がどんな存在だったかを尋ねられ、「僕たちの愛人、いのちの糧です」と答えます。政治的革命を望んだ乙彦は、彼らにとってのある種の偶像だったわけです。同時に敗北の象徴にもなってしまったのです。

太宰治はマルキシズム運動に参加していた時期があり、その思想敗北によって自殺未遂を図っています。作者自身のひとつの敗北経験が作品に落とし込まれているのでしょう。

作中に登場する人物は皆が暗い過去を背負っていました。幸代は無論、彼女が居候していた和枝も、劇作家の朝太郎も、没落した過去を背負いながら都会で生きていました。皆が違う傷を負いながらも、その背景には、夢見た者たちが叩き潰される、閉塞的な時代の空気感があったのでしょう。その無力感の根底には、思想敗北による乙彦の自殺が象徴的に存在します。

諦め切ったエゴに安住する生き方。乙彦の敗北が残した「何も変わらない」という空気感。

されど、幸代は悟り切った人生を受け入れられず、自己の再建を賭けて東京で足掻きます。

「東京は、いいわね。あたしより、もっと不幸な人が、もっと恥ずかしい人が、お互い説教しないで、笑いながら生きているのだもの。あたし、まだ、十九よ。あきらめ切ったエゴの中で、とても、冷く生きて居れない。」

『火の鳥/太宰治』

乙彦の敗北を、幸代が引き継ぐ。そういう構想が大宰の中にあったのかもしれません。

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俗世と革命精神の葛藤

物語は、舞台女優になった幸代を快く思っていない高須が、彼女の手助けをした朝太郎に殴り込みにいく場面で未完に終わります。

それ以前にも朝太郎は、舞台の楽屋で大勢に囃し立てられる幸代に意義を申し立てようとします。しかし和枝に呼び止められ、「彼女は辛いのだから、そっとしてあげて欲しい」とお願いされます。

幸代自身も女優としての自分が正解ではないと気づいています。しかし、生きていくためには仕方がないのです。

なぜ女優としての生き方が正解ではないのか。なぜ高須は、女優としての幸代を快く思っていないのか。

幸代は女優である自分を「こんにゃくの化け物」「生きる屍」と表現します。つまり、女優として「演技」する行為が、大衆に求められる仮面を付けた生き方の象徴して描かれているのだと思います。

その一方で高須は、乙彦の死を無価値なものにしたくないため、幸代には乙彦の意志を引き継いだ形で自己再生を図ってもらいたいと思っているのでしょう。

生活のために大衆に同化して生きるか、乙彦の意志を引き継いで革命的に生きるか。

その葛藤の中で幸代は苦しみ、彼女を取り巻く男たちが争っているのだと思います。結局、幸代がどのような選択で自己再生を試みたのかは未完のため分かりません。

ひとつだけ言えるのは、後の傑作『斜陽』では、後者の生き方を選択した女性が描かれています。「恋と革命」というキーワードに象徴される革命精神を持って、動乱やまぬ戦後社会を強く生きる女性の物語です。

幸代の行く末は、『斜陽』の革命精神に受け継がれているのかもしれません。

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映画『人間失格』がおすすめ

人間失格 太宰治と3人の女たち』は2019年に劇場公開され話題になった。

太宰が「人間失格」を完成させ、愛人の富栄と心中するまでの、怒涛の人生が描かれる。

監督は蜷川実花で、二階堂ふみ・沢尻エリカの大胆な濡れ場が魅力的である。

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