今村夏子『むらさきのスカートの女』あらすじ考察 滑稽の果てにある狂気

むらさきのスカートの女 散文のわだち
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今村夏子の小説『むらさきのスカートの女』と言えば、第161回芥川賞受賞作です。

その不気味すぎる物語は、TIKTOKでも話題になり、芥川賞受賞した数年後に改めて注目されました。

『むらさきのスカートの女』作品概要

作者今村夏子
発表時期2019年(令和元年)
ジャンル中編小説
テーマ人間の実存とは
存在の曖昧さ
受賞第161回芥川(2019年上半期)

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『むらさきのスカートの女』あらすじ

あらすじ

「むらさきのスカートの女」という風変わりな女性が近所にいます。子供たちは公園に出没する彼女をからかって遊んでいます。

主人公の「わたし」は、むらさきのスカートの女と友達になりたいと思っています。そのため彼女をストーキングし、求人雑誌をわざと放置し、自分の勤め先であるホテルの清掃員として働かせることに成功します。

当初は覇気が無かったむらさきのスカートの女も、チーフのトレーニングによって立派に働けるようになり、周囲からの評価も高くなりました。主人公は早く彼女と友達になりたいのですが、なかなかタイミングを見出すことが出来ずにいました。

そのうちに、むらさきのスカートの女と所長が不倫しているという噂が流れ、彼女に対する周囲の扱いが冷たくなります。ホテルの備品がバザーに出品されており、犯人に仕立て上げられる始末です。不倫関係の所長までもが彼女を疑い、言い争いになった結果、所長はアパートの階段から足を滑らせて落下します。そこで初めて主人公はむらさきのスカートの女に話しかけ、所長が死んでいると嘘をつき、彼女に逃げるよう忠告します。

入院した所長は、むらさきのスカートの女にストーキングされていたと嘘をついて、不倫の事実を隠蔽しました。以降、むらさきのスカートの女は行方不明のままです。今では主人公が彼女の代わりに、「きいろいカーディガンの女」として、公園で子供たちにからかわれているのでした。




『むらさきのスカートの女』個人的考察

個人的考察

作者:今村夏子について

今村夏子さんは、1980年広島生まれ大阪在住の作家です。

大学卒業後は清掃のアルバイトなどを転々としていたようです。本作『むらさきのスカートの女』では、ホテルの清掃員という設定が用いられていますが、自身の体験が反映されているのでしょう。

29歳の時に清掃員をクビになった帰宅途中、小説を書こうと思い付き、完成した作品『あたらしい娘』が太宰治賞を受賞します。同作品を改題した『こちらあみ子』が三島由紀夫賞を受賞し、見事プロの作家デビューを果たします。

しかし、デビュー作以降の活動は無く、半引退状態が続いていました。

2016年に西崎憲に声をかけられたことをきっかけに、2年ぶりの新作『あひる』が発表され、芥川賞候補になります。続いて2017年に『星の子』が野間文芸新人賞を受賞します。

そして2019年に本作『むらさきのスカートの女』で見事、芥川賞を受賞したのでした。

三島由紀夫賞、野間文芸新人賞、芥川賞。これら純文学新人賞三冠を達成した作家としては5人目になります。(他には、村田沙耶香など)

1人称で語られる気味の悪さ

本作は芥川賞史上、最も不気味で滑稽な作品だと言われています。

まず「むらさきのスカートの女」という、風変わりな人物に焦点を当てた設定が不気味です。

子供の頃を思い返せば、確かに近所には同級生の間で有名な、変わったおじさんやおばさんが居たような気がします。そういう「不透明で歪な存在」に切り込んだのが斬新です。

もうひとつ不気味なのは、主人公の存在です。むしろ本作の醍醐味は主人公の不気味さにこそあります。

基本的には、むらさきのスカートの女に焦点を当てて物語が進行します。そのため主人公の存在感は殆ど排除されています。透明人間として物語の外側に溶け込んでおり、あくまでむらさきのスカートの女を捉えるためのカメラ的役割に徹しているのです。

ところが物語が進むにつれて、感じる違和感。それは主人公が異常にむらさきのスカートの女の日常を熟知しているからです。

仮に3人称の視点(神の視点)で語られる形式であれば、主人公以外の登場人物について詳細に語られても違和感はありません。しかし、本作は主人公の1人称視点の形式です。ともすれば、主人公が実際に目にして知った情報以外は語られません。それなのにむらさきのスカートの女について熟知しているから奇妙です。

もしかして、この主人公はむらさきのスカートの女をストーキングしてるのでは・・・と気づいたときに1度ゾッとします。

主人公は友達になりたいという理由で、むらさきのスカートの女をストーキングしています。意図的に彼女を自分の職場に誘導します。そこからは主人公の行動が激しくなっていき、終盤になれば、もはや狂気じみた言動に出ます。

この狂気的な主人公の描き方が秀逸だと感じました。

  • 題名が「むらさきのスカートの女」
  • 主人公は物語の外に溶け込む透明人間

上記の理由から、誰しもが「むらさきのスカートの女」の不気味さに期待するわけです。だからこそ、本当に不気味なのは主人公だと気づいた時のおどろおどろしさは倍増します。

サスペンス系の小説だと、語り手の主人公が実は・・・といったどんでん返しがよく用いられますが、その手の仕掛けに似ているかもしれません。物語の展開が読めず、最後までドキドキしながら読むことが出来ます。

純文学の賞を受賞していますが、エンタメ性も強いので、ライトな読者にもおすすめです。




人間の存在の曖昧さ

不気味で滑稽なエンタメ要素を評価されがちな本作ですが、個人的には「人間の実存」に関する問題提起が含まれているように思います。

冒頭では、むらさきのスカートの女の人物像を描写する場面が続きます。文字通りむらさきのスカートを履いている汚れた身なりの女です。

それ以外に主人公は、彼女に似ている人物を何人も挙げます。例えば自分の姉に似ているかもしれないと言い、やはり違うと撤回します。小学校時代の友人に似ているかもしれないと言い、また撤回します。こういった問答を何回も繰り返し、結局彼女が誰に似ているのかは分からないままです。つまり、彼女の存在は抽象的で、輪郭がはっきりしないのです。

その曖昧な描き方は作者の意図する手法だと思います。

当初は不気味な存在だったむらさきのスカートの女は、ホテルの清掃員で働き出し、その努力が周囲に評価された途端、まるで不気味な印象は払拭されます。所長の愛人になれば、どこか魅力的な女性の雰囲気を帯びます。面白がって自分を揶揄っていた子供たちと親しくなれば、穏和で善人な印象に変わります。職場での評判が下がれば、卑屈で野暮ったい印象に変わります。そして最終的には行方不明になり、存在が消滅します。

まるでむらさきのスカートの女は、むらさきのスカートを履いたのっぺらぼうのマネキンのようです。周囲の人間が抱く印象によって、不気味にも、穏和にも、善人にも、悪人にもなり得るのです。

つまり、人間の実存を決定するのは他者であり、他者が抱く印象でしか、自分がどういう人間かを証明できない、という悲観的なメッセージが込められているのかもしれません。

最後までむらさきのスカートの女の正体は明かされません。挙句、行方不明のまま終了するのだから腑に落ちない人も多いと思います。そのすっきりしない感覚こそ、まさに人間の存在の曖昧さを象徴しているように感じました。

むらさきのスカートの女の失踪。それは周囲に忘れられた瞬間、人間の存在は消滅する、というオチだったのではないでしょうか。

主人公は最後に目的を達成した?

友達になりたいという名目で、むらさきのスカートの女に接近した主人公。本当に主人公は彼女と友達になりたかったのでしょうか。

作中では主人公とむらさきのスカートの女を対比する表現が何度か綴られます。

「むらさきのスカートの女」は近所で有名な存在です。ところが主人公は自分を「きいろいカーディガンの女」と自称するが、その存在は誰にも知られていません。

あるいは、ホテルの清掃員として働きだした「むらさきのスカートの女」は、食堂でお茶を飲んでいるとチーフたちが食べ物を分け与えてくれます。一方で主人公がお茶を飲んでいても気遣ってくれる人はいません。

主人公とむらさきのスカートの女は、元は社会不適合者という同じ穴の狢でしょう。ところがむらさきのスカートの女は周囲に存在を認められており、主人公は近所でも職場でも透明人間のように扱われています。だからこそ、主人公の友達になりたいという願望には、むらさきのスカートの女に対する憧れや羨望があったに違いありません。

満員バスで、誤ってむらさきのスカートの女の鼻を摘んでしまう場面がありました。その出来事を周囲に話さないむらさきのスカートの女に苛立った主人公は、次は故意に決行しようかと考えます。この奇妙な言動から分かるように、主人公は自分の存在を誰かに知ってもらいたいという、強い自己顕示欲を抱えています。

ともすれば、最後にむらさきのスカートの女の代わりに、自分が風変わりな存在として子供たちに揶揄われるようになったのは、最も望んでいた結果と言えるでしょう。自分の存在をようやく他者に認めてもらえたのですから。

バザーの犯人は主人公?

前述した主人公の強い自己顕示欲から、ある疑問が浮上します。

ホテルの備品がバザーに出品されていた事件についてです。

かつて主人公は肉屋のショウケースを割ってしまい、弁償するためにバザーに何かしらを出品していました。それは恐らく伏線です。ホテルの備品を出品した犯人は主人公でしょう。

ところが、職場ではむらさきのスカートの女が疑われます。所長と不倫関係にあったため、周囲の冷ややかな悪意によって犯人に仕立て上げられたのです。その結果むらさきのスカートの女は失踪し、行方不明になってしまいました。失踪の手助けをしたのは主人公でした。

作中ではむらさきのスカートの女を助ける意図で手助けしたように描かれていますが、果たして本当にそうでしょうか?

むらさきのスカートの女の座を奪うために、わざと彼女が犯人に疑われるよう仕向けて、近所から排除したのではないでしょうか・・・。

自らの存在を他者に認めさせるために、余計な存在を消滅させた。むらさきのスカートの女専用の公園のベンチに腰掛けた時点で、主人公の目的は達成されたのだと思います。

「むらさきのスカートの女」が、「きいろいカーディガンの女」に乗っ取られる物語だったのかもしれません。




不気味な表紙の意味とは?

本作は表紙のイラストが特徴的です。そのためイラストが何を意味しているのか、という疑問の声が多くあるみたいです。

下記のような、水玉模様のスカートから4本の足が出ている奇妙なイラストです。

なぜ、むらさきのスカートではないのか?という疑問が浮上します。そして4本の脚の正体は誰なのか。

恐らくこの水玉のスカートの正体は、主人公の「わたし」であり、その他すべての人間をも象徴しているように思います。

長らく名前が明かされなかった主人公は、清掃の職場における「権藤チーフ」だと途中で判明します。そして権藤チーフとしての彼女は、周囲から空気の様に扱われる、透明人間のような存在でした。

一方で、主人公の自己顕示欲は、「きいろいカーディガンの女」として最後に大成されます。透明人間から実存へと変化したのです。

このことから、「権藤チーフ」と「きいろいカーディガンの女」という主人公の二面性を象徴するように、スカートから4本の脚が出ているのではないでしょうか。

そして誰しもが主人公と同じように、正気と狂気という自己の二面性を抱えていることを、表紙が象徴しているように感じます。

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