中島敦の『山月記』あらすじ考察 臆病な自尊心という病

山月記 散文のわだち
スポンサーリンク

中島敦の小説『山月記』をご存知ですか?

1942年に発表された短編小説で、現代文の授業で必ず取り上げられる教科書掲載鉄板の名著です。もしかすると皆さんの記憶の片隅に残っているかもしれません。「李徴という男が虎になる話」と聞けば、うっすら蘇るのではないでしょうか。

本作は中国の古典的な物語である「人虎伝」を素材にして、中島敦が独自のテーマに作り替えた作品となっています。物語自体はほとんど原作通りですが、なぜ李徴が虎になったのか、という肝心な設定が大きく異なっています。そこに中島敦の意図が込められているわけです。

33歳の若さで亡くなった中島敦、持病を患い、自らの長くない人生を悟りながらの執筆。李徴がなぜ虎になったのかを考察することで、彼の短過ぎる人生の主題を紐解いていきます。

スポンサーリンク

『山月記』の作品概要

作者中島敦
発表時期1942年(昭和17年)
ジャンル短編小説
古典小説のリメイク
テーマ臆病な自尊心
過信の成れの果て
短命な人生における創作熱意

『山月記』の300字あらすじ

若きエリート官僚である李徴は非常に自尊心の強い男でした。

官僚の縦社会に嫌気がさした李徴は、詩人になって自分の名を歴史に残そうと考えます。ところが芸術家の道は厳しく、妻子を養うために下級役人として出戻りする羽目になります。かつての同僚の下で働く屈辱に、彼は発狂して森の中へ消えてしまいます。

一年後、李徴の旧友である袁傪は、森で虎に変身した李徴と遭遇します。どうやら李徴は、醜い自尊心と、恥じらいを恐れるプライドによって、獣になってしまったようです。自分の才に自惚れ、何も成し遂げなかった男の悲しい末路です。

旧友への内省的な告白の後、李徴は獣の姿を晒し、月に吠えて、再び姿を表すことはありませんでした。

『山月記』のあらすじを詳しく

①発狂・逃亡した李徴

非常に優秀な李徴は、国家試験である科挙に合格し、若くしてエリート官僚になりました。ところが自尊心が強かったため、江南尉という地方の役人に配属されたことに不満を抱きます。自分よりも馬鹿な人間の下で働くことに嫌気がさしたのです。

李徴は、官僚なんか辞めて、詩人になって自分の学才を歴史に刻んでやろうと企みます。しかし、芸術の道はそう甘くなく、安定した職を失った彼の生活は窮します。さすがに妻子がいるため、下級役人として出戻りします。その頃にはかつての同僚たちは順調に出世しており、自分が見下していた人間の下で働くことに李徴は屈辱を覚えます。

自尊心を酷く傷つけられた李徴は、遂に発狂し、訳の分からないことを叫びながら夜の闇の中へ消えてしまったのでした。

②旧友である袁傪との再会

李徴が逃亡してから1年が過ぎました。かつての同期であり、彼と唯一心を通わしていた旧友の袁傪は順調に出世しています。

ある時、皇帝直々の命令で、袁傪が地方に出張することがありました。旅の途中、朝早くに出発しようとすると、旅館の人間に、この先の道は人喰い虎が出没するから明るくなってから出発した方がいいと忠告されます。ところが護衛も大勢いるから大丈夫だろうと忠告を退け、 袁傪は暗いうちに出発します。すると、案の定人喰い虎と遭遇してしまうのでした。虎は草むらから飛び出し、襲いかかってくると思いきや、再び草むらの中に消えてしまいます。そして一言、「あぶないところだった」と人間の言葉を漏らすのでした。

袁傪はその声に聞き覚えがあり、すぐに草むらに向かって「その声は李徴ではないか」と尋ねます。すると草むらの中から聞こえる声の主は、自分が李徴であることを認めます。

なんと、1年前に発狂して飛び出した李徴は、気がつくと虎になっていたのです。

③人間の心を失いかけている李徴

理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。

『山月記/中島敦』

不条理な運命を与えられた李徴は、何度も死ぬことを考えました。しかし、日に日に人間の心が薄れていき、そういった発想も浮かばなくなっているようです。「どうして自分が虎になったのか」よりも「どうして自分はかつて人間だったのか」と考える方が多くなっています。

いずれ、自分の中から人間の心が消滅し、完全に獣になる日が近づいていることを李徴は実感しています。

人間の心を失いかけている李朝は、完全に獣になってしまう前に、自分がかつてしたためた詩を記録してほしい、と袁傪に懇願します。気が狂うまで執着した詩作を、世の中に残さない限りは死んでも死に切れないため、人間としての最後の願いを袁傪に託したのです。

李徴が口にする詩を護衛の者に記録させます。李徴の詩は非常に巧みなのですが、袁傪にはどこか欠落しているようにも感じられました。




④李徴が虎になった理由

人間だった頃の李朝は、周囲の人間との交わりを避けていました。無論、周囲からは高飛車な態度に受け取られ、自惚れていると非難されてきました。

もちろん自尊心が強かったのは事実なのですが、それはほとんど羞恥心に近い感情でした。詩人になるにあたっても、師匠に弟子入りしたり、切磋琢磨する仲間との交流を嫌いました。自分を過大評価する一方で、自分に才能がないことが露わになるを恐れて独りよがりに詩作を続けていたのです。

羞恥心な自尊心という猛獣を太らせた結果、それに見合った姿になってしまったのだと、李徴は自分の運命を内省的に語ります。つまり虎になったのは、プライドが大きいだけで、何も成し遂げない男の悲しい末路だったのです。

人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。

『山月記/中島敦』

⑤李徴の後悔

自分の臆病な性質によって、何を成し遂げることもなく、人間としての短い人生を浪費してしまったことを、李徴は酷く後悔しています。今どんなに優れた詩を思いついても、もう世の中に発表することができないからです。

李徴の悲しみは、ただ月に向かって吠える意外に発散する方法がなく、だからと言って、1匹の虎の遠吠えの意味を理解する者などいないので、彼の胸の蟠りは決して消えて無くならないのでした。

李朝は最後に、自分の妻子を飢えない程度に取り計らってほしいと袁傪にお願いします。そして、飢え凍えようとする妻子のことよりも、詩作にばかり気をかけていたから、自分はこんな醜い姿になったのだと悟ります。

⑥旧友との悲しい別れ

友人との別れに際して、2度とこの道を通らないようにと李朝は袁傪に忠告します。今度こそ人間の心を完全に失って、友人と気づかずに襲いかかるかもしれないからです。

さらには、向こうの丘に到着したら1度振り返ってほしいと袁傪に頼みます、自分の獣になった醜い姿を見せて、2度と自分に会おうなどという気を友人に起こさせないようにするためです。

李徴の言う通りに、丘に到着してから振り返ると、1匹の虎が草の茂みから飛び出して、月に向かって三度吠えたかと思うと、再び草むらに消えてしまいました。

袁傪は、それ以来李徴の姿を目にすることはありませんでした。

そして物語は幕を閉じます。




『山月記』の個人的考察

虎になった理由(人虎伝との違い)

「山月記」において、李徴が虎になった理由は非常に観念的であるため、すっきりしない人も多いと思います。

原作である「人虎伝」では、かつて未亡人と恋をしていた李徴が、相手の家族に交際を反対されたために、家に火を放ったという設定があります。つまり、悪い行いをした因果応報として、李朝は虎になったのです。

ところが、「山月記」では因果となる悪事を働いた過去が無く、李徴は自己の内面の葛藤によって獣になってしまいました。

当初、李徴は自分が虎になった理由を理解できず、理不尽な運命を漠然と受けいれていました。

理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。

『山月記/中島敦』

ところが、旧友である袁傪に詩作への執着を打ち明けるうちに、自分がなぜ虎になったのかを理解し始めます。

我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である。

『山月記/中島敦』

つまり、人一倍プライドが高く、周囲の人間と距離をとっていた李徴の所作に原因があったのです。

彼が周囲との交流を避けたのは、「もし自分に詩人としての才能がなかったら」という疑問が明確になることを恐れていたからです。それこそが「臆病な自尊心」なるものです。

「頭の中にあるうちは最高傑作」という皮肉が相応しく、自身の凡才を認めたくない故に、周囲との交流をシャットダウンし、自尊心を守り続けていたのです。

李徴は、人間は誰でも性情という名の猛獣を飼っていると語ります。李徴にとっては、臆病な自尊心こそが自己の内面に存在する猛獣であり、それを飼い太らせた結果、醜い虎になってしまったのです。

終盤に李朝は、妻子よりも詩作に執着した後悔をも口にします。

飢え凍えようとする妻子のことよりも、己の乏しい詩業の方を気にかけているような男だから、こんな獣に身を堕すのだ。

『山月記/中島敦』

裏を返せば、妻子を後回しにして、自尊心を守るために孤独を選んででも、李徴は詩人であることに執着し続けたということではないでしょうか。

プライドの高い人間が破滅する姿であれば、反面教師のような教訓として処理できます。ところが我々が李徴の運命に感傷的になるのは、誰よりも詩作に執着していたにもかかわらず、臆病な性格である故に身を滅ぼしてしまった彼の悲しい運命が垣間見れるからではないでしょうか。

そして、少なからず我々は、李徴の臆病な自尊心に共感し、過ぎ去った自分の過去を回顧して、思うことが1つや2つあるのでしょう。




短い小説家人生を李徴に表した!?

虎になった李徴が抱えていた、詩作に対する執着は、作者である中島敦の人生と重なる部分があります。

中島敦は、教職を勤めながら、精力的に執筆活動を行っていました。ところが持病の喘息が酷く、当時日本が占領していたパラオで転地療養することになります。療養中も小説の執筆に注力し、友人に原稿を託して、日本で出版してもらうよう懇願していました。パラオから帰国した中島敦は、間も無く持病が悪化し、33歳の若さで亡くなってしまいます。

中島敦は死ぬ間際まで「書きたい、書きたい」と言って、作家業に執着していたようです。彼が最期に残した言葉は、涙ながらに訴えた「俺の頭の中のものを、みんな吐き出してしまいたい」でした。

対する李徴も、人間の心が日に日に失われていく感覚に恐怖を覚えながらも、最後まで詩作のことを考え、友人の袁傪に記録してもらってまで詩を作り続けました。

つまり、李徴が日毎に人間の心を失っていく後悔とは、中島敦が自らの死期を悟り、短い人生の中であとどれだけの小説を書くことができるか、という焦り、危機感を表現していたのだと思います。

人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短い

『山月記/中島敦』

タイトルに込められた意味

『山月記』というタイトルに因んで、虎になった李徴が月に吠える場面が印象的です。

月に向かっていくら吠えても、2度と詩を世の中に発表できない悲しみを、誰かに理解してもらうことはできない、と李徴は訴えていました。ともすれば、月は一種の舞台装置であり、誰にも理解されない李徴の孤独や悲しみを表現するために用いられたのかもしれません。

あるいは、月とは満ち欠けが早く、刹那的な後悔、喪失感を表現する役割があります。日毎に人間の心を失っていく李徴の恐怖心、ひいては、持病によって短い人生を悟っていた中島敦の焦燥感・緊張感が表現されているようにも思われます。

いくら月に向かって吠えても誰にも理解されないように、いくら死に争っても残された短い人生で執筆できる量は限られている、という悲しい運命がタイトルに込められているのかもしれません。

電子書籍での読書がおすすめ!

『山月記』を読むにあたって、電子書籍「Kindle」がおすすめです。

「Kindle Unlimited」を登録すれば、多くの書籍が読み放題です。今なら30日間無料です!
是非、お得に読書してください!

当ブログの筆者は元々アンチ電子書籍でした。しかし紙の本より価格が安く、場所を取らず持ち運びが便利で、紙媒体と大差ない視覚感で読むことが出来る「Kindle」は、思わず買ってしまいました・・・

今ではもう手放せない状態です。

「Kindle」の魅力については下の記事にて紹介していますので、アンチ電子書籍の人は騙されたと思って読んでみてください。

以上で、中島敦の小説『山月記』のあらすじ考察を終了します。

長い間お付き合いありがとうございました。この文章が気に入った方は、是非シェアをお願いいたします。




コメント

タイトルとURLをコピーしました