中島敦『山月記』あらすじ解説|教科書の名作を考察

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山月記3 散文のわだち

中島敦の処女作『山月記』は、教科書で広く親しまれる名著である。

若き秀才が詩人の夢に敗れとらになる物語で、中国の「人虎伝」が題材になっている。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語を考察していく。

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作品概要

作者中島敦(33歳没)
発表時期  1942年(昭和17年)  
ジャンル短編小説
ページ数9ページ
テーマ臆病な自尊心

あらすじ

あらすじ

若きエリート官僚の李徴は自尊心が強く、長い物に巻かれるより、詩人として後世に名を残すことを望む。だが芸術の道は厳しく、生活のため官職に出戻りする。かつての同僚に仕える屈辱に耐えかね、ある日李徴は発狂して森へ失踪する。

李徴の旧友・袁傪えんさんは、ある夜、虎に豹変した李徴と遭遇する。李徴が言うには、彼は詩人を志すも、自分の無才を恐れて誰にも詩を見せず、その臆病な自尊心、獣のようなプライドを膨らませた結果、虎になったのだ。

日毎に人間の心を失い、完全な虎に近づく李徴は、最後に月に向かって吠え、それから二度と姿を現すことはなかった・・・

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個人的考察

個人的考察-(2)

創作背景

中島敦は生まれつき病弱で、30歳の頃に持病の喘息が悪化し、33歳の若さで亡くなった。

あまりに短命なので、生涯20遍ほどしか作品を遺しておらず、その多くは死後に発表された。

文学好きだった彼は、大学時代に谷崎潤一郎に関する卒論を書き、自らも小説を執筆するようになる。教員時代には『虎狩』という作品を中央公論に応募している。

しかし応募の結果は選外佳作に過ぎず、彼は自分の無才に失望し、こんな文章を残している。

才能のない私は、才能のないことを悲しみながら、頭をたれて、明るい街をのそのそと歩いていた。私はもう二十五だ。私は何かにならねばならぬ。ところで、一体私に何ができる。うわべばかりの豪語はもうあきあきだ。人に笑われまいとする気兼ねも、もう沢山だ。自信ありげな顔をするのは止めろ。自信も何もないくせに。

『断片9/中島敦』

自分の無才に苦しみ、しかし彼は執筆を断念しなかった。自我の追求や存在の不安をテーマに執筆を続け、31歳の頃に『山月記』を含む「古潭」4篇を完成させた。しかし、それらが世に出るのは、まだ先のことである。

『山月記』を書き上げた頃から、中島敦は持病が悪化し、教員を続けるのが不可能になり、日本の植民地だったパラオで転地療養する。出発前に小説の原稿を友人に託し、文芸誌への推薦をお願いする。だがいくら待っても自分の作品は掲載されなかった。

パラオに移った半年後に、ようやく『山月記』『文字禍』の雑誌掲載が決まり、この2作が事実上のデビュー作となった。文壇では期待すべき新人と注目され、「芥川龍之介の再来」と評された。しかし間も無く彼は、喘息の悪化で心臓が衰弱し、33歳の若さで亡くなった。

不遇な作家人生だが、死後に発表された作品群は高く評価され、現在では近代文学の最重要作家とみなされている。とりわけ『山月記』は今も教科書で広く親しまれている。

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原典「人虎伝」との違い

そんな実質のデビュー作『山月記』は、中国の説話『人虎伝』が題材になっている。

■『人虎伝』あらすじ
皇族の子孫である李徴は、秀才であると同時にプライドの高い男だった。役人の任期を終えてからは人と関わらずに生活していた。そしてある時、李徴は頭が狂って失踪し、虎になってしまう。

旧友の袁傪えんさんは、虎になった李徴と再会する。李徴が言うには、かつて彼はある女性を愛したが、彼女の両親に交際を反対され、その恨みで一家を焼き殺した。その因果によって李徴は虎になってしまったのだ・・・

節々に相違点はあるが、最も異なるのは李徴が虎になった原因だ。

『人虎伝』の李徴は、殺人の罪という明確な因果で虎になった。それを中島敦は、詩人の夢に敗れ、臆病な自尊心を膨らませた結果、という自我やプライドの問題に書き換えている。

この「臆病な自尊心」について、次章より詳しく解説していく。

臆病な自尊心とは

若き官僚の李徴は自尊心が強く、プライドの高い男だった。

長い物に巻かれる官僚を疎んじ、詩人になって後世に名を残そうと考える。だが芸術の道は厳しく、結局官職に出戻りする。その頃にはかつての同僚は出世しており、李徴は彼らの下で働かねばならない。その屈辱に耐えかね、李徴は発狂して森の中へ失踪した。そして気づくと虎になっていた。

彼が虎になった原因は、プライドによって身を滅ぼした結果、いわば身から出た錆である。

彼はプライドが高いゆえ、人間関係が軽薄だった。言ってしまえば、周囲の人間を見下していたのだ。同時に、自分の弱さを他者に見せれない自意識の強い性格だった。その閉塞的な性格は、詩人を志すにあたり一層強くなる。

詩人を志す者の多くは、弟子入りをしたり、仲間と交流することで腕を磨き上げる。また人望を得ることは世に出るチャンスに繋がる。ところが李徴は一切を避け、自分の殻に籠って詩作に耽った。弟子入りや仲間との交流は、才能の有無を他者に判断される機会になる。逆に自分の殻に籠っていれば、誰にも評価されない代わりに、自分の無才を認めずに済む。

いわば彼は、才能がない事実を突きつけられ、自尊心を傷つけられるのを恐れるあまり、周囲との関わりを絶っていたのだ。

そうした臆病な自尊心によって、彼はプライドという名の獣を成長させ、ついには彼自身が虎になってしまった。

人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。これが己を損い、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、己の外形をかくの如く、内心にふさわしいものに変えて了ったのだ。

『山月記/中島敦』

虎になった李徴が人間の心を失い、完全な獣になるのは時間の問題だ。そうなれば、誰かれ構わず襲い掛かり、旧友の袁傪えんさんをも食い殺してしまう。それは自尊心を守るために周囲の人間を攻撃し傷つけることを意味するだろう。誰しもが自分のプライドを守るために、理不尽に他者を傷つける獣じみた本性を持っている。それが過度になると、李徴のように完全な虎になってしまうのだ。

また李徴には養うべき妻子がいた。妻子がいるにも関わらず、自尊心を守ることを優先した。そんな人間だから虎になったのだ、と彼は後悔する。だがいくら悔やんでも手遅れだ。

虎になった李徴は月に向かって吠え、後悔や悲しみを訴える。周囲の人間からすれば、獰猛な獣が怒り狂っている風にしか見えない。かつて望んで他者との関係を絶った彼は、今になって他者に悲しみを理解して欲しいと願うが、それを理解する者は1人もいないのだ。

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中島敦の境遇に置き換えて

このようにプライドで身を滅ぼした李徴には、当時の中島敦の心境が反映されている。

前述した通り、中島敦は文芸誌に作品を応募するも、結果は選外佳作に過ぎず、自分の無才に苦しめられていた。その後も日の目を見ない状態が長く続き、ようやく文壇に認められたのは死の直前である。

長く燻っていた彼は、人に笑われまいと、うわべばかりの豪語を垂れ、そんなプライドの高い自分に飽き飽きしていた。まさに臆病な自尊心を飼い慣らす李徴と同じ境遇である。

さらに持病を抱える中島敦は、自分の短命を悟っていたのだろう。日毎に人間の心を失い、完全な虎に近づく李徴は、短命を悟った中島敦の焦りが反映されていると考えられる。

実際に中島敦は、死に際に涙きながら「(小説を)書きたい、書きたい」と訴えたようだ。彼には人間でいられる時間が短か過ぎたのだ。

人生は何事をも為なさぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短い

『山月記/中島敦』

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