中島敦『山月記』あらすじ解説 教科書の名作 虎になった理由を考察

山月記 散文のわだち
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中島敦の小説『山月記』は、高校の現代文の教科書に掲載される名著です。

本記事では、あらすじを紹介した上で、なぜ李徴は虎になってしまったのかを解説します。

『山月記』の作品概要

作者中島敦
発表時期1942年(昭和17年)
ジャンル短編小説
古典小説のリメイク
テーマ臆病な自尊心
過信の成れの果て
短命な人生における創作熱意

読書が苦手、時短したい・・・

『山月記』200字あらすじ

あらすじ

エリート官僚・李徴は自尊心の強い男でした。詩人を志すも失敗し、官僚に出戻りし、その屈辱で発狂して森の中に消えてしまいます。

一年後、旧友である袁傪は、森で虎に変身した李徴と遭遇します。李徴は、醜い自尊心と、恥を恐れるプライドによって、獣になってしまったのです。才に自惚れ、何も成し遂げなかった男の悲しい末路です。

旧友への告白の後、虎になった李朝は月に吠えて、再び姿を表すことはありませんでした。

『山月記』個人的考察

個人的考察

原典「人虎伝」との違い

「山月記」において、李徴が虎になった理由は非常に観念的であるため、すっきりしない人も多いと思います。

そもそも本作は中国の古典的な物語である「人虎伝」を題材に、中島敦が独自で作り替えた作品です。物語自体はほとんど原作通りですが、なぜ李徴が虎になったのか、という肝心な設定が大きく異なっています。

「人虎伝」では、かつて未亡人と恋をしていた李徴が、相手の家族に交際を反対されたために、家に火を放ったという設定があります。つまり、悪い行いをした因果応報として、李朝は虎になったのです。

ところが、「山月記」では悪事を働いた過去が描かれません。

中島敦は、李徴は内面の葛藤によって獣になっ、という主題に作り替えたのです。

李朝が虎になった理由

では、李徴が虎になった原因である、内面の葛藤とは何だったのか。

当初、李徴は自分が虎になった理由を理解できず、理不尽な運命を漠然と受けいれていました。

理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。

『山月記/中島敦』

ところが、旧友である袁傪に、詩人として成功できなかった事実を打ち明けるうちに、自分がなぜ虎になったのかを理解し始めます。

我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である。

『山月記/中島敦』

つまり、人一倍プライドが高く、周囲の人間と距離をとっていた李徴の性格に原因があったのです。

彼が周囲との交流を避けたのは、自分に詩人の才能がない事実が明らかになることを恐れていたからです。それこそが「臆病な自尊心」なるものです。

「頭の中にあるうちは最高傑作」という皮肉が相応しく、自身の凡才を認めたくない故に、周囲との交流をシャットダウンし、自尊心を守り続けていたのです。

李徴は、人間は誰でも「性情という名の猛獣」を飼っていると語ります。李徴にとっては、臆病な自尊心こそが内面に存在する猛獣であり、それを飼い太らせた結果、醜い虎になってしまったのです。

終盤に李朝は、妻子よりも詩作に執着した後悔も口にします。

飢え凍えようとする妻子のことよりも、己の乏しい詩業の方を気にかけているような男だから、こんな獣に身を堕すのだ。

『山月記/中島敦』

李徴は妻子を後回しにしてでも、自尊心を守ることに執着し続けたのでしょう。

我々が李徴の運命を他人事とは思えないのは、臆病な性格である故に自分の表現を他人に披露できず、諦めた夢の一つや二つが存在するからでしょう。




作者の人生を李徴の人物像に投影

虎になった李徴が抱えていた、詩作に対する執着は、作者である中島敦の人生と重なる部分があります。

中島敦は、教職を勤めながら、精力的に執筆活動を行っていました。ところが持病の喘息が酷く、当時日本が占領していたパラオで転地療養することになります。療養中も小説の執筆に注力し、友人に原稿を託して、日本で出版してもらうよう懇願していました。パラオから帰国した中島敦は、間も無く持病が悪化し、33歳の若さで亡くなってしまいます。

中島敦は死ぬ間際まで「書きたい、書きたい」と言って、作家業に執着していたようです。彼が最期に残した言葉は、涙ながらに訴えた「俺の頭の中のものを、みんな吐き出してしまいたい」でした。

対する李徴も、人間の心が日に日に失われていく感覚に恐怖を覚えながらも、最後まで詩作のことを考え、友人の袁傪に記録してもらってまで詩を作り続けました。

つまり、李徴が日毎に人間の心を失っていく後悔とは、中島敦が自らの死期を悟り、短い人生の中であとどれだけの小説を書くことができるか、という焦り、危機感を表現していたのだと思います。

人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短い

『山月記/中島敦』

タイトルに込められた「月」の意味

『山月記』というタイトルに因んで、虎になった李徴が月に吠える場面が印象的です。

月に向かっていくら吠えても、2度と詩を世の中に発表できない悲しみを、誰かに理解してもらうことはできない、と李徴は訴えていました。ともすれば、月は一種の舞台装置であり、誰にも理解されない李徴の孤独や悲しみを表現するために用いられたのかもしれません。

あるいは、月とは満ち欠けが早く、刹那的な後悔、喪失感を表現する役割があります。日毎に人間の心を失っていく李徴の恐怖心、ひいては、持病によって短い人生を悟っていた中島敦の焦燥感・緊張感が表現されているようにも思われます。

いくら月に向かって吠えても誰にも理解されないように、いくら死に争っても残された短い人生で執筆できる量は限られている、という悲しい運命がタイトルに込められているのかもしれません。




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