谷崎潤一郎の『春琴抄』あらすじ考察 愛のために目を潰す

春琴抄 散文のわだち
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谷崎潤一郎の小説『春琴抄』をご存知ですか?

1933年に発表された中編小説で、多く映像化されるくらい人気な作品です。記憶に新しいものだと、斎藤工主演の映画があります。

文体が非常に実験的で、改行や句読点や鉤括弧がほとんど使われません。ところが、決して読みづらいという感覚はなく、さすが区切りのない長い文章でも整合性を持たせるだけの文才があるのだと驚くばかりです。

谷崎潤一郎と言えば、ご存知の通りマゾヒズムの変態ですが、本作はマゾヒズムすらも超越した耽美主義の神髄に魅せられる、恐怖と美の極地が描かれています。

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『春琴抄』の作品概要

作者谷崎潤一郎
発表時期1933年(昭和8年)
ジャンル中編小説、耽美主義
テーママゾヒズム、献身的な愛

『春琴抄』の300字あらすじ

江戸末期、抜きんでた舞の才能を持つ琴は、9歳の頃に失明します。盲目のため舞を諦めた彼女は、なんと三味線でも才能を発揮させます。

世話役の佐助は、琴のお嬢様気質に振り回されながらも、彼女に献身的でいることに幸福を感じています。そのうちに琴は佐助そっくりの子供を授かるのですが、高慢な琴は決して佐助との関係を認めませんでした。

三味線の弟子を取るようになった琴の指導は厳しく、血を流す者も珍しくありません。多くの人間に恨みを買った琴は、ある夜何者かに熱湯をかけられ大火傷を負います。

醜い姿を佐助に見られたくないと塞ぎ込んだ琴を見兼ねて、佐助は自ら眼球に針を突き刺し、盲目となって最期まで琴に献身するのでした。

『春琴抄』のあらすじを詳しく

①盲目の天才「琴」

大阪のとあるお寺には、琴の生家の墓が並んでいます。しかし、彼女の墓だけは少し離れた高台に、佐助という男の墓と並んで置かれています。果たして二人にはどんな秘密があるのでしょうか?

琴の死後に佐助が作らせた 「鵙屋春琴伝」という伝記には、琴がどんな人間だったのかが綴られています。

琴は生まれた時から容姿が美しく、学才もあり、舞の技術は天才的でした。しかし9歳の時に病気で失明します。盲目のために、舞を諦めざるを得なかった琴は、もっぱら三味線の道を志します。元から音曲の才能はあった上に、盲目になってからは一層練習に励んだため、彼女の三味線の腕は誰もが認めるほどになります。

琴は春松検校という師の元で三味線を学びました。指導が厳しい芸能の世界で、琴はその天才気質から、ほとんど叱られることがありませんでした。

▶︎検校(けんぎょう)・・・盲人の最高の役職。主に三味線音楽などを職業にした。

②琴に仕える佐助

盲目の琴の手を引いて稽古場まで連れて行く世話係を担当していたのは、佐助という少年でした。

佐助が琴の家に奉公に出向いた頃には、既に彼女は失明していましたが、彼女の美しさや気品は格別でした。琴の方も、佐助に世話をされるのが最も心地よかったみたいです。

元来のお嬢様気質に、盲目の意地悪さが加わった琴は、強情と我儘で佐助を振り回します。ところが佐助は、彼女の我儘を甘えてくれていると受け取り、喜んで献身していました。

琴に忠実である佐助は、彼女が好むものを自分も好みたいと思い、こっそり三味線を手に入れて練習を始めます。他の奉公人たちが眠っている夜中に、真っ暗な押し入れで、ほとんど盲目の琴と同じ境遇に身を置いて三味線を弾くのでした。

秘密の練習が家の者にばれた佐助は、当然大目玉を喰らいます。しかし、彼の三味線の腕前はそれ相応に上手だったため、家の者は皆一様に感心します。おかげで、琴の師弟ごっこの一環として、彼女に指導してもらうことを許されました。

③琴の鬼指導

琴の三味線の指導は、師弟「ごっこ」と呼べるほど生半可なものではありませんでした。彼女の激しい叱咤と暴力に佐助は泣き出すこともありました殊に彼女の暴力には一種の性欲的快感が潜んでいたのではないかとも考えられています。

琴の嗜虐に周囲の人間は不安を抱いており、父親は二人の師弟関係を禁止します。その代わりに、佐助も検校の元で三味線を学ことが許され、晴れて二人は相弟子になりました。

盲目である娘に対等な結婚は難しいと悟っていた両親は、佐助なら良縁であると考え、琴に縁談を持ちかけます。しかし彼女は佐助との結婚に否定的でした。

丁度その頃に、琴は子を孕みますが、プライドの高い彼女は決して相手の名前を打ち明けませんでした。喜助も決して口を割ることはありませんでしたが、生まれてきた子供は佐助そっくりだったようです。

④正式に師匠の看板を掲げる琴

琴が20歳になった頃に、師であった春松検校が亡くなります。生前に十分な才能を認められていた琴は、彼の死後に正式に師匠の看板を掲げて弟子を取るようになります。佐助も再び琴の弟子になりました。

琴の指導の厳しさと傲慢な性格のために、弟子の数は多くはありませんでした。しかし彼女の三味線の技術は一流であるため、相当の覚悟を持った者だけが弟子だったのです。彼女の美貌や家柄を目当てに習いに来るような連中はすぐに辞めていきました。

とは言ったものの、彼女の指導の厳しさは度が過ぎており、他人の恨みを買う羽目になったのも事実です。




⑤利太郎

弟子の中に、自信家のお調子者である利太郎という男がいました。

ある時、利太郎の父親が花見を開催し、琴が招待され、佐助も付き添いで参加します。佐助は散々酒を勧められるのですが、酔っては琴の世話が充分に出来なくなるため、必死に誤魔化していました。

利太郎は、佐助を労わるような言葉をかけ、別室で食事を取るように誘導し、自分と琴二人きりになるように仕向けます。ところが利太郎のアプローチも失敗に終わり、色男を台無しにされる始末です。しかし利太郎は素直に諦められず、翌日からも三味線の稽古にやってきました。

琴は一層利太郎に厳しく稽古するようになります。指導がエスカレートした彼女は、ついに利太郎の頭をバチで殴ります。彼は額から血を流し、「覚えてなはれ」と捨て台詞を残して、二度と姿を現しませんでした。

これは単なる一例にすぎず、琴が怪我を追わせた弟子は他にもたくさんいます。彼女の身に復讐が生じるのは必然的だったのかもしれません。

⑥事件

花見から1ヶ月半が過ぎたある夜に、佐助は琴の呻き声によって目を覚まします。

急いで彼女のもとへ駆けつけると、雨戸から何者かが侵入し、眠る彼女の顔に熱湯をかけていました。

焼けただれた皮膚はかなりの重症で、相当醜い顔になってしまったようです。しかし、琴は事後に決して人前に顔を晒すことがなかったため、実際に彼女の素顔を見た者はありません。

犯人の正体は不明でした。利太郎と考えるのが腑に落ちる気もしますが、なにせ彼女は多くの人間から恨みを買っていたため、断定ができなかったのです。あるいは、夫婦でもないのに美しい琴から特別な寵愛を受けている佐助に対する恨みだったという憶測もあります。

⑦失明

佐助すらも琴の顔がどのようになったのかを知りませんでした。

事件当日、佐助が現場に駆けつけたのは夜だったため、彼女の顔をはっきり確認できませんでした。それ以降も、彼女は決して包帯の内側を晒すことがなかったのです。あるいは、琴は他の者はともかく、佐助だけにはどうしても見られたくなかったようです。

琴の胸中を理解した佐助はある行動に出ます。

佐助は縫針を持ち出して、鏡の前に正座し、自ら針を黒目に突き刺します。2、3度突くと眼球が白濁し、次第に視力が失せていきました。

完全に視力を失った佐助は、自分が盲目になったことを琴に告げます。それからの二人は以前にも増して親密な関係になります。盲人のみが持つ第六感によって、二人は師弟の関係を超えた部分で心を通わせるのでした。

⑧かつての面影だけを残して

盲目になった佐助の暗闇には、かつての美しい琴の面影だけが浮かび上がるのでした。佐助は視力を失って後悔したことは一度もなく、むしろかつての美しい琴だけを見ることができて幸福なのでした。

二人は視覚を失った人間だけが楽しめる触覚の世界で細やかに愛情を交わしていました。視力を失ったからこそ、琴の手足の柔らかさや、肌の艶々しさ、声の綺麗さなどを以前以上に実感できたのです。ひいては、彼女の三味線の技術の本質的な素晴らしさに気づいたのも視力を失ってからでした。

58歳で琴はこの世を去りました。佐助は泣く暇があれば、仏前で彼女が作曲した歌を三味線で弾きました。佐助は触覚の世界で彼女の存在を見てきたからこそ、今は亡き彼女を聴覚の世界で満たそうとしていたのです。

83歳まで長生きした佐助は、琴以外の女性を知らずに、暗闇の中の在りし日の彼女の面影を生涯愛し続けたのでした。

とあるお寺の和尚は、醜くなった琴の顔を美しいままに留めるために、自ら視力を失った佐助の姿は禅の達人の所為だと称賛したようです。読者はどう思いますか?

こういった問いかけで物語は幕を閉じます。




『春琴抄』の個人的考察

佐助視点でのひいきが強い!?

本作を理解する上で最も重要なのが、琴の人物像を記した「鵙屋春琴伝」が佐助によって作られたということです。つまり、琴に溺愛する佐助の私情が少なからず反映されているわけです。

実際に、琴が盲目になった原因は病気であるのに対して、鵙屋春琴伝」には琴の妹の乳母が恨みを抱いて失明させたのではないかという推測が記されていました。

琴の嗜虐ぶりに多くの人間が恨みを抱いていたのは事実でしょう。だからこそ、彼女を溺愛する佐助は、彼女に起こる災難に対して非常に主観的で、原因を勝手に憶測するような力任せなニュアンスになっているのだと思います。

要するに、自分たちに降りかかった不幸には主観的で、妊娠など彼女のプライドを傷つける可能性がある問題は濁してしまう傾向があるのです。おかげで、読者は読了後に多くの謎を抱えたまま、あれこれと推測できるカラクリになっています。

琴に熱湯をかけたのは誰なのか?

読了後に抱える謎の最もたるが、琴に熱湯をぶっかけた犯人でしょう。

屈辱を味わった利太郎がその復讐のために実行したと落とし込めば納得できます。ところが、怪我を負わされた別の弟子の父親の可能性を持ち出して、終いには、多くの人間に恨みを買っていたので断言できないと言うのです。

それと言うのも、結局は鵙屋春琴伝」ベースで物語られるので、佐助の都合のいい描かれ方しかしないのです。そして、彼が犯人を有耶無耶にするということは、知られてはいけない事実が隠されている可能性があります。

こういった読者泣かせな技巧に飛んだ難解な構成で描かれているため、佐助が犯人である説や、琴の自殺未遂だった説などがあります。

個人的には、事件後に琴の覇気が失われた点から、マゾヒズムの佐助の犯行とは考えにくいと思います。ただし、自らが盲目になって琴と同じ境遇に陥り、より一層彼女に屈服するためのシナリオだったとしたら・・・考えすぎですね。しかし、耽美派の道徳欠如は、それくらいの狂気の美を描いていてもおかしくはありません。

琴の自殺未遂説は、少し唐突のように感じられます。ただし、佐助が犯人を明確にしなかったのは、彼女にとって何かしら都合の悪い事実があったからだと推測されます。(あくまで深読みですが)それが自殺未遂なのかは判りませんが、琴をかばっての結果だとしたら辻褄が合いそうです。

足フェチの描写が隠れていた!?

本作の主題とはほとんど関係ありませんが、谷崎潤一郎は足フェチで有名な作家です。自身の墓を女の足の形にしてほしいと言ったのは有名な逸話です。

本作『春琴抄』ではおもむろな性表現はありませんが、一部足フェチを思わせる不可解な描写がありました。

琴は非常に冷え性であるため、佐助が寝転んで、彼女に踏まれる体勢になって懐で足を温めるというマゾっぽい場面がありました。さらに、佐助は虫歯で頬のあたりがズキズキ痛んでいたため、思わず彼女の冷たい足を顔に持ってきて頬に当てがいます。すると琴は、師匠の足をこっそり顔に当てがうのは無礼だと言って、思いっきり佐助の顔を踏み付けます。

琴の嗜虐っぷりを表現するための描写の一部なのでしょうが、作者の性癖がガッツリ滲み出ているのでは、と少し気になってしまいました。谷崎のファンであれば、本筋とそれほど関係なくても、このような描写が登場するとうれしい心持になってしまいますね・・・。

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以上、谷崎純一郎の『春琴抄』のあらすじ考察を終了します。

長い間お付き合いありがとうございました。この文章が気に入った方は、是非シェアをお願いいたします。




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