宇佐見りんの『推し、燃ゆ』あらすじ考察 相互理解のない幸福のカタチ

推し、燃ゆ2 散文のわだち
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宇佐見りんの小説『推し、燃ゆ』をご存知ですか?

2020年に発表された中長編小説で、同年の下半期の芥川賞を受賞した話題作です。作者が21歳ということもあり、歴代の芥川賞受賞者の中で3番目の若さだった点も注目を集めました。

推しが燃えた。ファンを殴ったらしい

この夏目漱石にも勝る衝撃の一文で始まる、昨今の現代社会を象徴した作品です。閉塞的な社会、淡白な人間関係、世間からの要求と自己の欲求の差異、それらをアイドルの推し活動に集約して描く、今を生きる我々が一番読むべき小説だと思います。

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『推し、燃ゆ』の作品概要

作者宇佐見りん
発表時期2020年
受賞第164回芥川賞
ジャンル中長編小説
テーマアイドル推し論
淡白な人間関係
アスペルガーの生活感

『推し、燃ゆ』の300字あらすじ

「推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。」

主人公のあかりが推すアイドルの真幸が、炎上事件を起こした場面から物語が展開されます。勉強は出来ず、バイト先でも無能扱いされ、家族や社会から疎外感を抱くあかりにとって、推し活動だけが生活の基盤でした。

推しのファン投票最下位への転落や、アイドルグループ解散の悲劇。それらが、高校中退や実家から追放されるあかりの生活の退廃と同時進行で描かれます。

芸能界引退によって推しはただの人間になります。もう二度と推しを推せないという事実は、あかりにとって生活の背骨が消滅したことを意味するのでした。

『推し、燃ゆ』のあらすじを詳しく

①炎上

推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。

アイドルグループ「まざま座」のメンバーで、主人公のあかりの推しメンである真幸が、ファンを殴りネットで大炎上します。詳細は何ひとつ判っていません。

あかりと推しの出会いは、ピーターパンの舞台で子役として出演していた彼を4歳の頃に観たことでした。その後、青年になった彼がアイドルとして活動するようになったことを認知し、追っかけるようになりました。いつしか、あかりにとって真幸の存在が生活の背骨になっていたのです。

翌日、登校中に友人の成美と遭遇し、あかりの推しが炎上したことを心配そうにしていていました。成美はアイドルの追っかけをする同志ですが、彼女の管轄は地下アイドルで、裏で推しと繋がることを目的としています。対照的に、あかりは推しとの物質的な接触は望まず、作品と人を解釈し精神的に同化することを主としています。

<病めるときも健やかなるときも推しを推す>

あかりの呟きが、画面上の世界に放たれました。

②真幸のペルソナ

フラッシュに晒された真幸は、記者の罵声のような質問に対して、淡々とした態度で返答していました。その一字一句を逃さないように、あかりはノートにメモを取ります。あかりは推しのあらゆる発言をしたためる習慣があり、そのノートの数は20冊を超えています。さらには毎日のように推しについてのブログを投稿し、サイトはファンの間でも有名になりつつあります。

熱狂的なあかりの記録によると、真幸は自ら芸能の道を望んだわけではなく、母親の意図で子役にさせられたようです。テレビの世界に晒された幼少の真幸は、幼いながらに、愛想笑いをすれば大人たちは喜び、それが偽物であることは誰も気づかないのだと知ります。それ故に、誰も自分のことを理解してくれない、という闇を抱えるようになります。

記者に対する淡々とした態度も、彼にとっての一種の反抗から来る所為だったようです。

③あかりのプライベートの問題

推しのことならノート20冊以上になるまでしたため、ブログを毎日更新します。推しがロシアにまつわる舞台に出演すれば、ロシアの情勢をとことん調べ上げ、世界史のテストの点数が高くなるほどです。

しかし、実際は学年一の劣等生で、家族からも見放されています。両親の期待を背負って勉強をする姉とは軋轢が生じ、トラブルに発展することもしばしばありました。夜中に母と姉が「あかりは何も出来ない」と話しているのを耳にすることさえありました。

バイト先の居酒屋でもあかりは無能扱いされています。オーダーを覚えられず、ドリンクを溢し、混雑すると要領よく接客することが出来ず、「もういいから」と店長に呆れられる始末です。それでもシフトを詰め込むのは、推し活にお金を使うためです。メンバーの人気投票のためにCDを10枚以上買うのはファンとして当然です。

バイト先の常連からは、アイドルじゃなくて現実の男に目を向けないと行き遅れるよ、と揶揄されます。家庭でもバイト先でも、彼女の生活の背骨は周囲に理解されないのでした。

④推しとあかりの転落

推しの炎上以降、あかりが気がかりだったのは、次のシングル曲のセンターを決めるファン投票でした。前回が1位だっただけに、炎上がどれほど影響するか心配だったのです。

投票結果がテレビで放送される日、覚束ない気持ちでテレビの前で待機していると、タイミング悪く母親の怒りが爆発します。推しに夢中のあまり、その他の生活が自堕落だったのです。テレビのリモコンを取り上げられたあかりは、必死で溜め込んだ生活の後始末を済ませます。再びテレビの前に戻った時には、最下位の椅子に座る推しが映っていました。怒りのような訳の分からない感情が頭の中を染めます。

推しの転落によってあかりも精神的な余裕を失い、体重は減り、ニキビも増えます。相変わらず生活習慣は自堕落で、このままでは留年すると忠告される始末です。ただ、あかりにとっては将来のことよりも現状の辛さに耐えかねていたのです。

まるで推しの転落に呼応するように、あかりは留年を言い渡されて高校を中退することになりました。




⑤自立の強要

祖母が死がきっかけで、海外赴任の父親が一時帰国し、あかりの将来について真剣に議論される機会が訪れます。

あかりは高校を中退してから、ろくに就職活動もせず、流石に両親は面倒を見切れなくなっていたのです。父親に辛辣な言葉を突きつけられますが、彼がSNSで声優におじさん構文の気持ち悪いメッセージを送っていることをあかりは知っており、真面目に彼の言葉を受け取ることはできません。

危機感を抱いた両親は、死んだ祖母の家で一人暮らしをするように命じます。実質的にあかりは家を追い出されてしまったのです。

⑥グループ解散

真幸が20代の美女と同棲しているというスクープが報道されます。「ファン激怒」という言葉が一人歩きしていますが、物質的な交わりを望まないあかりにとっては、怒りの感情はありませんでした。

真幸の配信ライブを携帯で見ていると、下劣なコメントが画面上に湧き上がります。コメントに対して珍しく反論した推しは、「次で最後だし」という意味深な言葉を口にします。そして、公式サイトでの発表よりも先に、自分のライブ配信で「まざま座」の解散を報告してしまいます。コメント欄は大荒れです。

解散報告の記者会見では、真幸はグループだけでなく芸能界を引退することも報告します。

おまけに会見の真幸は指輪をつけており、たちまちネット上では、結婚を匂わせたことで大炎上します。それどころか、真幸の住居が特定され、ネットに拡散される始末です。

アイドルが人になる、という感情があかりを支配します。しかし、彼女は上手に物事を処理できなくて、推しがいなくなる衝撃をまだ受け取り損ねているのでした。

⑦推しの消失

現実を受け止められないあかりは、最後のライブまでは推しに捧げようと決心します。

ラストライブが終幕し、会場のトイレで便座に腰掛けたあかりは酷い寒気に襲われます。全てが終わるということがようやく実感として襲いかかってきたのです。自分の背骨を奪われる感覚に冷や汗と涙が止まりません。推しのいない人生は彼女とって余生なのでした。

これまで毎日投稿していたブログは、一切に書けなくなってしまいます。文章が浮かばない時は散歩に限ると、外に足を運んだあかりは、気がつくとネットに拡散された住所にやって来ていました。

特定されたマンションの前であかりは立ち尽くします。すると、ショートボブの女性が洗濯物を干す姿が目に入ります。その様子にあかりは傷つきました。自分がこれまで大量に集めたグッズや情報だって、たった一枚のシャツにすら敵わないのです。

引退した推しをこれからも近くで見続ける人がいるという現実が、洗濯物という生活感に浮かび上がったのでした。

⑧遺骨

なぜ推しが人を殴ったのか、あかりには解釈のしようがありませんでした。ただ、真相は分からないという真実こそが、あかりにとっては推しとの深い部分での繋がりを感じさせるのでした。

家に戻ったあかりは、一種の破滅願望から、目の前にあった綿棒のケースを床に叩きつけます。汁が入ったどんぶりや、コップなどがある中で、咄嗟に後始末が楽な綿棒を選んだ自分が滑稽に思えました。

床に散らばった綿棒を、お骨のように拾うあかりは、這いつくばりながら、これが自分の姿勢であると悟ります。二足歩行が向いていない自分は、当分この姿勢で生きていこうと、考えるのでした。

そして物語は幕を閉じます。




『推し、燃ゆ』の個人的考察

物質を求めない推し方

あかりの心情を推測するのに重要なのが、文中で幾度となく対比される「推し方の違い」でしょう。

地下アイドルを推す友人の成美は、「推しと接触すること」が最終的な目的でした。チェキ撮影に1万円を払って肉体を接触させたり、ひいては裏で交際することを望んでいたのです。ところがあかりの場合は対照的で、推しとの直接的な接触は求めず、アイドルとしての推しを解釈することに注力していました。

いわゆる、物質的に推しを求めるのではなく、偶像としての存在を遠く離れた場所から解釈するという、精神的な接触を求めていたのです。相互的な意思疎通ではなく、一方的な解釈によって自己を満たしていたのでしょう。

アルバイト先の常連に、「現実の男を見ないと行き遅れる」と忠告される場面では、あかりは次のような心情を語っていました。

あたしは推しの存在を愛でること自体が幸せなわけで、それはそれで成立するんだからとやかく言わないでほしい。お互いがお互いを思う関係性を推しと結びたいわけじゃない。(中略)一定のへだたりのある場所で誰かの存在を感じ続けられることが、安らぎを与えてくれるということがあるように思う。

『推し、燃ゆ/宇佐見りん』

現実での人間関係とは異なり、相互理解を取っ払った一方的な関係だからこそ、あかりは100パーセントの熱意を推しに注げたのかもしれません。

文中では元々ファンだった人たちが、炎上した途端アンチに豹変する様子が描かれていました。それは少なからず、物質的な欲求、つまり相互理解を求めていたからこそ、「裏切られた」という感情が芽生えたわけです。いくら炎上しようとも最後までファンであり続けるあかりは、物質的には隔たりがあるからこそ、超越した深い部分で推しと繋がっていられたのでしょう。

このように、淡白な人間関係は仮想現実へとシフトし、閉塞的な社会の中に個人の幸福を見出すという、昨今の我々の安らぎのカタチが描かれているように思います。

「推しが人になった」の意味

推しが芸能界を引退すると表明した途端、あかりの中には、推しが人になる、という感情が芽生えました。極論を言うと、彼女にとっては推しの死を意味していたのだと思います。

先ほどの考察通り、あかりは推しに対して物質的な関係を求めていませんでした。例えば、成美のように裏で推しと繋がり、相互的な関係を築けば、推しが芸能界を辞めようが人間としての存在はあり続けます。ところが、あかりは偶像としての推しを崇拝していたがために、彼が芸能界を辞めて普通の人間になれば、推しの存在は消失し、二度と解釈できなくなってしまうのです。

特定された推しの住居の前にやって来て、洗濯物を見た時のあかりの心情がまさにその事実を物語っていました。今まで自分が生活の全てを注ぎ込んだ推し活の結晶であるグッズや語録やブログが、洗濯物が内包する推しの現在の生活には敵わなかったのです。

つまり、相互的な関係を築き上げた人間だけがこの先の推しの解釈を許されて、遠くから偶像崇拝していた自分は今後の推しを解釈できないということです。この先自分が知る由のない、人間になった推しの人生が、洗濯物という生活感のあるアイテムによって表現されていたのでしょう。




読書感想文

『コンビニ人間』が芥川賞を受賞した時に、賛否両論があったのは記憶に新しいと思います。芸術性を評価する芥川賞に、あんな軽い作品が選ばれていいのか、という保守的な連中の主張があったのです。

個人的には本作『推し、燃ゆ』もその延長線上にあるように感じています。決して非難しているわけではなく、今この瞬間の世の中を切り取って作品に昇華した、今一番面白い小説、ということです。

選考に際して「主題に新味がない」という評価を目にしました。軽薄化する人間関係の中で、自己完結した手段で生き方を見出す、という主題だけを考えれば確かに散々過去に描かれた内容かもしれません。しかし、切り口の新しさは抜群で、大衆のどよめきやファン同士のコミュニティを画面上の世界だけで描いたのは斬新でしょう。あるいは、推しがファンを殴った理由が最後まで明かされないという構成も、主人公が求めていた「一方的な解釈」つまり「表舞台ではない推しの生活までは解釈できない」という関係を巧みに表現しているように感じました。推しに物質的な要求をしないからこそ、深い部分で繋がりを感じ、世間がどう言おうが最後まで100パーセント注力できたのでしょう。その反面、主人公の純粋な熱狂は、推しの引退とともに消滅してしまうのが非常に切なく感じられました。

などと解釈するのは非常に不毛ですね。なぜなら、本作の魅力は冒頭の一文に全て集約されているのですから。「推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。まだ詳細は何ひとつわかっていない。」それだけで名作であることは確定です。夏目漱石も、太宰治も、過去の名著は必ず冒頭で、その素晴らしさを理解してしまうものなのです。今現在の日本社会で、この冒頭に勝るものはありません。我々は詳細が何ひとつ判らない社会で、インパクトのある見出しにだけ翻弄されているのですから。

電子書籍での読書がおすすめ!

『推し、燃ゆ』を読むにあたって、電子書籍「Kindle」がおすすめです。

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当ブログの筆者は元々アンチ電子書籍でした。しかし紙の本より価格が安く、場所を取らず持ち運びが便利で、紙媒体と大差ない視覚感で読むことが出来る「Kindle」は、思わず買ってしまいました・・・

今ではもう手放せない状態です。

「Kindle」の魅力については下の記事にて紹介していますので、アンチ電子書籍の人は騙されたと思って読んでみてください。

以上で、宇佐見りんの小説『推し、燃ゆ』のあらすじ考察を終了します。

長い間お付き合いありがとうございました。この文章が気に入った方は、是非シェアをお願いいたします。




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