太宰治の『姥捨』あらすじ考察 「人間失格」のヨシ子のモデルになった物語!?

姥捨 散文のわだち
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太宰治の小説『姥捨』をご存知ですか?

1938年に発表された短編小説で、太宰治が内縁の妻である小山初代と情死を決行した実際の出来事を題材にした物語です。

小山初代は、代表作『人間失格』で3人目に関係を持つヨシ子のモデルになった女性でもあります。

そのため、本作『姥捨』では、主人公が姦通を犯した妻と情死を図るまでの出来事が記されています。いわば『人間失格』のスピンオフ作品のような感覚で楽しめるため、太宰治ファンには是非読んでいただきたい1作です。

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『姥捨』の作品概要

作者太宰治
発表時期1938年(昭和13年)
ジャンル短編小説、私小説
テーマ信用と裏切り
罪を犯した妻との決別

『姥捨』の300字あらすじ

嘉七の妻であるかず枝は姦通を犯し、その償いとして死を決意します。妻が罪を犯すほど生活を荒廃させた夫としての負い目がある嘉七は、2人で自殺することを提案します。

有り金を叩いた最後の贅沢で、これから死ぬ人間とは思えないほど呑気な様子のかず枝を見ていると、嘉七はこの女を死なせてはいけないという気持ちになります。

思い出深い温泉場を死場所に選んだ2人は、林の奥の草原で睡眠薬を飲みます。嘉七はわざと妻に死なない量の薬を飲ませ、自分だけ死のうと試みます。ところが結果的に2人とも生き延びます。

この女のために苦労しなければいけない人生に嫌気がさした嘉七は、かず枝との別れを決心するのでした。

『姥捨』のあらすじを詳しく

①姦通を犯したかず枝

姦通を犯した妻のかず枝は、きちんと始末をするつもりだと話します。夫である嘉七には、彼女が死んで償おうとしていることが判りました。

もとより、妻が罪を犯す状況に追いやるほど生活を荒廃させてしまった自分に責任を感じている嘉七は、2人で一緒に死ぬことを提案します。

情死を決意した2人は、ありったけの生活費と着物を抱えて、質屋に向かいます。私物を現金に変えた2人は、死ぬ前の最後の贅沢を決行します。

ところが嘉七は、現金を手に入れただけで喜ぶかず枝の様子を見ていると、「彼女を死なせてはいけない」という気持ちになります。自分に比べれば、それほど不幸ではない彼女の死には意味がなく、死のうと決意しただけで世間に許してもらえるはずだと思ったのです。

そして嘉七は自分だけ死ぬことをひっそり心の中で決意するのでした。

②最後の贅沢

新宿に到着した嘉七とかず枝は、店員に怪しまれながらも、大量の睡眠薬を購入します。あるいは高級な外国煙草などで贅沢をし、自らの死に餞を送ります。

浅草の映画館に入った2人は、「荒城の月」という映画を見ます。映画館の暗闇で恋人らしく手を繋いだのですが、苦しい立場の夫婦には不潔な行為のように感じられて、嘉七は咄嗟に手を離してしまいます。

映画のギャグにひくく笑ったかず枝を見て、映画を見て幸福になれるつつましい女を殺してはいけない、と嘉七はまたしても彼女の死は間違いであることを悟ります。

嘉七は今回の責任は全て自分にあり、かず枝は善人だと今もなお信じています。しかし、どうしても笑って済ませることができず、倫理ではない感覚の部分で我慢できなくなるのでした。

③自分は偽善者ではない

2人はかつて泊まったことがある、思い出の温泉場を死に場所に選びます。

上野駅から電車に乗り込んだ嘉七は、ウィスキーを仕切りに飲み、かず枝を死なせてはいけないと思う自分は偽善者なのだろうかと考えます。

酔っ払っていることもあり、嘉七は実際に自分の胸中をかず枝に話し始めます。嫌な顔をするかず枝を差し置いて、自分は決してかず枝のために死ぬのではなく、自分自身の苦しみのために死ぬのだと、自分が「いい人」であることを必死で否定します。彼は自分が悪役に徹してでも、他人の明朗さに尽くしたい考えるのでした。

気持ちがヒートアップした嘉七は、誰も自分のことを判ってくれないと、彼女に悪態を吐き、自分が世間からどんな目で見られ、どれほど不幸であるかを饒舌に語ります。

ところが、かず枝は周囲を気にするばかりで、彼の話を真面目に聞こうとはしないのでした。




④思い出の場所で死ぬ

温泉場の宿の老夫婦は2人の突然の訪問に驚いており、どこか嘉七を心配している様子もありました。

露天風呂に入り、旅館の部屋で酒を飲んだ嘉七は、多少の未練のために、死ぬ日をずらそうかと考えます。しかし自分の言動のだらしなさに嫌気がさし、今日のうちに自殺することに決めます。罪を犯した妻を単純に恨むことができず、責任だの道徳だの善人だのと考えてうじうじする自分が殆嫌になったのです。

これ以上何も考えずに、早く死んでしまいたい嘉七は、短い仮眠の後にかず枝を連れて、旅館を発ちます。

⑤自分だけ死のう

訝っている様子の宿の老妻の視線を断って、2人は杉林の奥に入っていきます。急な勾配を登った先に草原があったため、そこを死に場所に決めます。

端から自分だけ死ぬつもりだった嘉七は、死なない量の睡眠薬をかず枝に渡します。こんな少量で死ねるのかと疑う彼女に、自分は飲み慣れているから多い量が必要だが、素人は少量で死ねると嘘をつきます。

睡眠薬では簡単に死ねないことを知っている嘉七は、帯を首と枝に巻き付け、眠って崖から滑り落ちたら自動で首が吊られる仕組みを作ります。

間も無く2人は眠りに落ちました。

⑥生き残った2人

運悪く、嘉七は目を覚まします。死ねなかったのです。

ともすれば何としてもかず枝に死なれては困ると焦り、嘉七は崖の下に転げ落ちた彼女の消息を確認します。一瞬死んだように思われましたが、脈があり生きていることを確認して彼は安心します。

苦しんでいる様子のかず枝を見て、自分だけがしっかりしなければいけないと、嘉七は彼女を抱えて引き返そうと努力します。しかし、自分には彼女の存在が重すぎて、これ以上この女のために苦労することに嫌気がさし、彼は別れを決意します。

自分は本気でかず枝を愛していると思う一方で、生きていくためには愛さえも犠牲にしなければいけない、と世間の人間がこなす当たり前の生き方を肝に命じます。

着物が汚れたかず枝を旅館に残し、嘉七は1人で東京に戻って、代わりに叔父に着替えの着物を届けさせます。そしてかず枝との関係はそれっきりになりました。

時たま叔父に「かず枝も可哀想だ」と言われると、嘉七は心弱く困ってしまうのでした。

そして物語は幕を閉じます。




『姥捨』の個人的考察

モデルとなった小山初代について

本作『姥捨』の登場人物「かず枝」のモデルとなったのは、太宰治の内縁の妻である小山初代でした。

芸者であった初代は、客だった太宰治と馴染みになり、同棲するようになります。親族の諸事情で籍を入れることは許されなかったものの、2人は列記とした夫婦関係だったようです。

ところが太宰治が薬物中毒で武蔵野病院に入院している間に、初代は太宰治の義理の弟と姦通を犯します。夫の親戚と不倫関係になってしまったわけです。

入院中で何も知らなかった太宰治は、義理の弟が誤って口走ったことで妻の姦通の事実を知ります。結果的に夫婦2人で自殺を決行したのは、物語にあった通りです。

谷川温泉付近での鎮痛催眠剤を使った自殺は未遂に終わり、その後2人は正式に破局します。

太宰治と破局した後の初代は、処女と偽って若い男と結婚したという説もありますが、真相は定かではありません。いずれにしても、太宰治が彼女を善人だと思い込もうとしていたのとは裏腹に、初代は根っからの悪女だったのかもしれません。

嘉七が1人で死のうとした理由

姦通を犯したのは妻のかず枝であり、嘉七には罪がなく、2人で死ぬのは愚か、彼が自分1人で死のうと考えるのは甚だおかしいと感じるでしょう。姦通する状況にかず枝を追い込んだ自分の荒廃に罪がある、という考えも一理あるかもしれませんが、やはり絶対的な罪を犯したのは妻の方です。

嘉七が1人で死のうと考えたのは、自分が「いい人」であることに嫌悪感を抱いているからでしょう。

なにも、私が人がよくて女にだまされ、そうしてその女をあきらめ切れず、女にひきずられて死んで、芸術の仲間たちから、純粋だ、世間の人たちから、気の弱いよい人だった、などそんないい加減な同情を得ようとしているのではないのだよ。おれは、おれ自身の苦しみに負けて死ぬのだ。

『姥捨/太宰治』

嘉七には信念があり、それは世間からの悪名を絶対に弁解しないということでした。あえて真実を証明して、世間に「いい人」と思われることに否定的な考えを持っています。

偽善者になるくらいなら、他者の明朗のために悪役を買う方がましだ、と考えていたのでしょう。

いささか科学的な考察にはなりますが、こういうタイプの人間は、そもそも脳の構造上、他者の言動から過剰に情報をキャッチしてしまうため、あらゆることに後ろめたさを感じてしまうようです。その結果、自分を最も蔑ろにしてしまうらしいです。いわゆる、今流行の「繊細さん」の類です。

皆さんも身に覚えがあるかもしれませんが、他人が近くで説教されていると、なぜか自分も罪悪感を抱いてしまうことはありませんか? あるいは同席している人間が機嫌を損ねると、自分が悪い人間のように感じてしまうことなども挙げられます。まさに嘉七はこのタイプの人間だったのでしょう。幸福に傷つけられるような繊細な人間ですから、他者を純粋に恨むことな出来るはずがありません。

嘉七は自分の幸福よりも他者を優先してしまう性格なのですが、だからといって世間に「いい人」と思われることに嫌悪感を抱いています。その結果、情死だと罪を犯した女に同情して死んだ「いい人」になるため、自分が全て悪いと思い込み、全ての罪を背負って1人で死ぬことを決意したのだと思われます。

かず枝との別れは悪役の放棄

他者が惨めになるくらいなら、自分が悪役に徹する方がましだ、と考えていた嘉七。

ところが最終的には、自分が悪役徹してかず枝を背負い続けることを放棄し、別れを決意します。

生きて行くためには、愛をさえ犠牲にしなければならぬ。何だ、あたりまえじゃないか。世間の人は、みんなそうして生きている。

『姥捨/太宰治』

世間の人間は他人よりも自分を優先して、裏切られれば相手を心から憎んで、そうやって生きているのだから、自分も世間のように愛を犠牲にして生きていこう、と嘉七は決意したのだと思われます。

つまり、かず枝と別れることによって、彼女の責任を放棄し、悪役から解放されようとする嘉七の葛藤と克服が描かれていたのでしょう。

とは言え、「かず枝も可哀想」という叔父の言葉に心弱く困ってしまうのは、いくら決意しても根本的な自分の人間観は変わらないという虚しい結末を示唆しているようです。

あるいは「姥捨」という非道徳的なタイトルを選んだのも、彼女を捨てた行為に対する罪悪感を意味しているのだと思われます。

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以上、太宰治の『姥捨』のあらすじ考察を終了します。

長い間お付き合いありがとうございました。この文章が気に入った方は、是非シェアをお願いいたします。




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