谷崎潤一郎『刺青』あらすじ解説|マゾヒズム・足フェチの美学

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刺青 散文のわだち

谷崎潤一郎の小説『刺青』は、当時24歳だった作者の処女作になります。

刺青師を主人公に、足フェチや女体美が文学的に描かれます。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。

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作品概要

作者谷崎潤一郎(79歳没)
発表時期  1910年(明治43年)  
ジャンル短編小説
耽美主義小説
ページ数12ページ
テーマ女性愛
フェティシズム
小悪魔女性

あらすじ

あらすじ

美しい者が強者であり、醜い者が弱者とされた江戸時代の物語です。人々は美しさを追求し、自らの肌に刺青を入れることが文化になりつつありました。

清吉という若くして優れた刺青師がいました。そんな彼には、光輝ある美女の肌に刺青を彫りたい、という願望がありました。ただし彼のこだわりは非常に強く、なかなか理想的な女性に出会うことはありませんでした。

それから五年が過ぎ、清吉はついに美しい女性を見つけ出します。かつて往来で見かけた、足の美しい16歳くらいの娘です。清吉は娘の手を取り、見せたい物があると言って、2階の座敷に連れて行きます。そして、処刑される男たちを眺める王妃の絵を見せ、この絵にはお前の心が映っていると告げます。恐怖に突っ伏して、帰してくださいと懇願する娘を清吉は無理やり引き止め、「己がお前を立派な器量の女にしてやる」と言って、麻酔剤で眠らせます。そして、清吉は娘の背中に、最高傑作と呼べる女郎蜘蛛の刺青を彫りました。

麻酔が切れ始めた娘は、背中の痛みに苦しみ始めます。ところが彼女は、「美しくなれるのなら辛抱する」と言って、色上げのための湯の痛みにも耐え切ります。湯上りの娘は、これまでの臆病さを失って、まるで絵の王妃のような態度に豹変していました。

帰る前にもう一度背中の刺青を見せて欲しいと、清吉が女に頼みます。彼女が黙って服を脱ぐと、朝日が女郎蜘蛛の刺青に差し込んで、女の背中が燦然と輝いていたのでした。

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個人的考察

個人的考察-(2)

作者が異常な足フェチ!?

「自分の墓石を好きな女の脚の形にしてほしい」

谷崎潤一郎が生前に言い放った強烈な台詞です。マゾとフェチの文学で有名な変態作家の谷崎潤一郎ですが、彼は頭ひとつ抜けるほどの強烈な脚フェチだったようです。

例えば、晩年に発表された長編小説『瘋癲老人日記』では、老人が息子の嫁の足を舐めようとして叩かれて興奮するという描写が綴られています。年老いてもなお、谷崎潤一郎の強烈なフェティシズムは衰えることがなかったようです。

本作『刺青』においても、理想の女を、顔ではなく足で記憶するという描写がありました。しかも5年もの月日が経過しているにもかかわらず、足を見た途端ピンと閃くあたり、人並みはずれていますよね。

「この足こそは、やがて男の生血に肥え太り、男のむくろを蹈みつける足であった。」と綴られるように、単に足が好きなだけではなく、その美しい足に踏みつけられたい願望があったのですから、より変態的で、むしろ清々しいですね。

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サディズムで導くマゾヒズム

谷崎潤一郎の耽美主義の文学は、やがて悪魔主義と呼ばれるようになります。いわゆる、悪女や痴女を崇拝し、彼女たちに支配されることに、一種の美的感覚、ないしは興奮を覚えるようなのです。

刺青師である清吉は、絵描きとしての自尊心が強く、芸術に対するこだわりを持っていました。ところがそれとは別に、刺青の針に悶え苦しむ男たちの姿に快楽を覚える、サディズムの持ち主でもありました。

彼のサディズムぶりは甚だしく、娘を無理やり書斎へ連れ出し、奇妙な絵を見せつけて、「己がお前を立派な器量の女にしてやるから」と口にするのですから、もはや変態を飛び越えて犯罪者です。16歳の娘にそんなことをしたら逮捕されます。まあ、ここが道徳功利性を排除した耽美主義の過激な美の追求なのかもしれませんが。

そうして清吉は、娘の背中に女郎蜘蛛の刺青を彫ります。「処刑される男を見つめる王妃」という奇妙な絵に描かれた、悪女の素質を女郎蜘蛛として表現したのでしょう。不思議なことに、背中に刺青を入れられた娘は、これまでの臆病な性格とは打って変わって、まさに王妃や女郎蜘蛛のような悪女に豹変してしまいました。

「お前さんは真っ先に私の肥やしになったんだねえ」

彼女が最後に口にした言葉です。つまり、清吉はサディズムによって嫌がる娘を悪女に仕立て上げ、やがて自らが彼女の肥料になるというマゾヒズムに身を投じたのです。自分を支配、征服、踏みつけてくれる悪女を自分で作り上げるという、マゾ自らが手掛ける調教の物語でもあったのです。

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女郎蜘蛛によって娘から女へ

物語の中では、美しい者が強者である時代に、美を求めた結果として刺青が流行していました。現在でもお洒落の目的でワンポイントのタトゥーを入れる人は少なくないでしょう。

刺青は他の芸術作品とは異なり、人間の肉体に刻印し、消えることがなく、しかし人間の肉体故に死と共にこの世から消滅してしまいます。ともすれば芸術と言うよりは、一種の通過儀礼や観念の要素が強いように思われます。

例えば、民族的な文化としてタトゥーを神聖視する場合もあれば、ヤクザのように一種の通過儀礼として刺青を入れる場合もあります。あるいは、「弱い自分を変えたくて」みたいな理由でタトゥーを入れるあんちゃんもいるわけです。まさに、本作『刺青』の娘も、女郎蜘蛛の刺青を背中に入れるという通過儀礼によって、臆病な自分を克服し、悪女へと豹変しました。

入念深く小説を読めば、代名詞の変化による魔性化も見て取れます。刺青を入れる前の臆病な彼女を指す代名詞は「娘」でした。ところが背中に刺青を彫り始めると、「娘」ではなく「女」に変わります。

16歳の娘が、刺青という通過儀礼を経たことにより、男の魂を弄び肥料にする悪女へと生まれ変わったことを、代名詞の変化によっても表現していたようです。

そして、最後のページで見せられた背中の刺青の描写も印象的です。朝日が照らしていたのはあくまで刺青であり、そのことによって女の背中が輝いて見えた、という順序で描かれています。つまり繰り返しになるのですが、女郎蜘蛛の刺青が刻印されたことで、女は悪女に生まれ変われたのであり、刺青を通して初めて女の背中は欲情の輝きを放ったということでしょう。

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