太宰治の『トカトントン』あらすじ解説|謎の音の正体とは

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トカトントン 散文のわだち

太宰治の小説『トカトントン』は、作品集「ヴィヨンの妻」収録の短編作品です。

終戦後の日本で奇妙な幻聴に襲われた青年の物語が描かれています。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。

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作品概要

作者太宰治(38歳没)
発表時期  1947年(昭和22年)  
ジャンル短編小説
書簡体形式
ページ数22ページ
テーマ敗戦の喪失感
PTSD
収録作品集『ヴィヨンの妻』

あらすじ

あらすじ

手紙の差出人の青年は、幻聴に悩んでいる。

きっかけは日本の敗戦だった。玉音放送の最中に、突然背後から、金槌で釘を打つような音が聞こえた。トカトントン

それ以降、物事に本気になると、必ずその音が鳴り響く。そしてその音を聞いた途端、物事に対する熱意が一気に冷めてしまう。文学に集中しても、仕事に熱中しても、恋愛に心を燃やしても、政治運動に熱狂しても、スポーツに身を入れても、いつも最後には例の音が聞こえて、全てが馬鹿らしくなるのだ。

事実、この手紙を書いている途中にも「トカトントン」が聞こえ、既に手紙を書く熱意は失われている。どうすれば幻聴が治るのか、青年は手紙を通じてある作家に問う。

すると作家は「気取った悩みだ」と一蹴。「マタイ十章 二八」を読んで感動できれば幻聴は治ると説くのだった。

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個人的考察

個人的考察-(2)

「トカトントン」の音の正体

本作を通して青年に付き纏う「トカトントン」という幻聴。その音を耳にした途端、青年の関心や熱意が一瞬で失われてしまいます。

一体、「トカトントン」の正体は何なのでしょうか?

先に結論を申し上げるなら、おそらく音の正体は、「敗戦を経験した日本人の喪失感の象徴」でしょう。

青年が初めて音を耳にしたのは、玉音放送、つまり天皇自らが敗戦を国民に伝えた場面です。国民が抱いた敗北感、あるいは戦争という目的を失った喪失感が、「トカトントン」という音に集約されているように考えられます。

若い中尉は敗戦を告げられても、愛国心を頑なに持ち続けています。それに対して主人公である青年は、愛国心も軍国主義的な思想も、一切が消え失せてしまいます。一部の愛国者を除いて、大抵の国民が青年と同じ心境に陥ったのではないでしょうか。

つまり、散々愛国心を煽られ、死に物狂いで国に従事してきたにも関わらず、敗戦を告げられたことで、自分は一体何のために血と汗を流してきたのだろう、と疑問を感じたはずです。

それはいわゆる「アイデンティティの喪失」にもなり得ます。これから自分は何のために、何を信じて、何をすればいいのか、そういう途方もない感覚が、幻聴によって青年の人生に付き纏っていたのでしょう。

いわゆるベトナム戦争で問題になった、「PTSD」の症状と同じようなものだと思います。敗戦後の日本人にも、喪失感や、それにまつわるトラウマ、苦しみがあり、精神的な部分に深い傷を抱えていたのでしょう。

青年は戦争のトラウマによって、その後の人生を無気力に過ごす羽目になったのかもしれません。

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「トカトントン」は再建の音!?

敗戦後の日本人の喪失感が象徴される「トカトントン」という幻聴。

ではなぜ、トンカチで釘を打つ音だったのでしょうか。

1つ目の推測は、「トカトントン」は建物を再建する音ではないかという説です。

当時、焼失した街を復興するために、町中にはトンカチで釘を打つ音が響いていたと仮定します。玉音放送を耳にした時に、偶然トンカチの音が鳴っており、無意識にその時の心情と音がリンクした可能性があります。

例えば、音楽や匂いや映像が、過去の出来事と重なることはよくあると思います。同じように、青年の潜在的な部分には、当時の音が刻み込まれ、「喪失感」がフラッシュバックする瞬間には、反射的にその音が想起されるようになったのかも知れません。

また、建物の再建は、いわゆる「振り出し」を意味します。

つまり、物事に必死になっても結局全てが失われて、一からやり直さなければいけない、という脱力感と、戦後の再建の様子が、文脈上で重なっているように思われます。

こういった無力感が、何に対しても本気になれない青年の精神状態を作り上げていたのかも知れません。

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最後の小説家の返事の意味

私は本作に青年の企みが感じられてなりません。

それは、手紙という建前を使って、小説家に自分の小説を読んでもらおうという企みです。

青年は敗戦後に小説を書いていました。しかし、「トカトントン」の音を聞いたことで、執筆の熱意が失われ、小説を書くことをやめてしまいます。

しかし、これは青年の臆病な性格による言い訳のように考えられます。事実、小説家に会いに行くことや、手紙を書くことを躊躇してしてまうほど、青年には勇気がないと記されています。

さらには、手紙の内容はほとんど嘘であることが最後に打ち明けられます。嘘をついたのは「トカトントン」のせいだと記されていますが、どうも自分の生み出すものに自信がないため、予防線を張っているようにしか思えません。

つまり、手紙の内容は自分で創作した小説であり、本心では作品として小説家に読んでもらいたかったのでしょう。

臆病な青年は、その臆病さ故に、自分の作品を小説家に送くれなかったのだと思います。作品を非難されることを極度に恐れていたのでしょう。そのため、手紙という建前で小説家に自分の作品を送り、批評を避ける形で読んでもらおうとしたのだと思います。

「あまりにつまらないから、やけになって、ウソばっかり書いたような気がします。」
「読みかえさず、このままお送り致します。」

このように、自分の作品を非難されることを恐れて、自ら保険を掛けるような文章も綴られています。

小説家はそのことに勘付いたからこそ、下記のように一蹴したのかもしれません。

「いかなる弁明も成立しない醜態を、君はまだ避けているようですね。真の思想は、叡智よりも勇気を必要とするものです。」

『トカトントン/太宰治』

つまり、「知識ばかりで行動を起こすことを避けている青年には、勇気が足りない」と、青年の弱い部分を指摘しているように思われます。

そして、最後に記された「不尽」とは、「まだまだ言いたいことはあるが」という小説家の含みのある、洒落た締め括りのようです。

作品の質よりも、作者の精神を非難される形で、青年の企みは失敗に終わったわけです。

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