芥川龍之介の『藪の中』あらすじ考察 犯人は一体だれなのか

藪の中 散文のわだち
スポンサーリンク

芥川龍之介の『藪の中』と言えば、屈指の数の論文が書かれている短編小説です。

それと言うのも、ある男が殺された事件について複数人の証言で物語が進行するのですが、各人の証言に食い違いが生じており、犯人が判らないまま物語が幕を閉じてしまうのです。

ミステリーなのにミステリーじゃない、と言う不思議な作品です。

今回は、仮に深読みするのであれば犯人は誰だったのかという観点と、犯人の正体は作品の意図に関係ないという観点の両方から考察したいと思います。

スポンサーリンク

『藪の中』作品概要

作者芥川龍之介
発表時期1922年(大正11年)
ジャンル短編小説
テーマ利己的な証言、主役願望
事実の不明瞭さ

『藪の中』の簡単なあらすじ

裏山の藪の中で、男の死体が発見されました。検非違使が尋問する形式で目撃者の証言が記されます。

殺された男は武弘、一緒にいた女は妻の真砂、そして多襄丸という男の犯行が有力のようです。三人のの告白が順番に記されます。

①多襄丸の告白
多襄丸は犯行を認めています。偶然に武弘と真砂を見かけた多襄丸は、真砂の顔立ちに心を惹かれ、男を殺してでも女を奪おうと決心しました。鏡や太刀を安い値段で売るという交渉で2人を藪の中に連れ出し、男を組み伏せて杉の木に縄で縛り付けました。そしてその場で真砂を強姦しました。用を済ませた多襄丸が藪の外へ逃げようとすると、真砂が彼を引き留め、2人の男と関係を持つのは辛いので、夫を殺してくれと頼んできます。卑怯な殺し方が憚られた多襄丸は、正々堂々刀で勝負して武弘を殺したようです。ところが真砂は逃げ出してしまい、咄嗟に人を呼ばれる危険を感じた多襄丸は、保身のために武弘の弓や太刀を持ち去ったようです。太刀は都に入る前に処分したみたいです。既に死刑を受け入れている身のため、証言に偽りはないと多襄丸は主張します。

②真砂の告白
木に縛り付けられた夫に駆け寄ろうとした真砂は、多襄丸に蹴り倒されました。そして夫の目の前で強姦されます。真砂には夫の目が自分を蔑んでいるように見えました。気を失った真砂が目覚めると既に多襄丸の姿はなく、依然として蔑む目の夫が木に縛られているだけです。恥を見られた真砂は夫を殺して自分も死のうと考えます。ところが、落ちていた小刀を夫の胸に突き刺したものの、当の自分は死に切る事ができなかったようです。

③武弘の死霊の告白
真砂を強姦した多襄丸は、彼女に自分の妻になるよう話を持ちかけました。すると真砂はその誘いを認め、それどころか武弘を殺すようにと何度も叫び立てました。さすがに驚いた多襄丸は、詰め寄る真砂を蹴り倒し、武弘に同情を示します。その間に真砂は藪から逃げ出してしまいます。憐むように多襄丸が縄の一部を切ってから去った後に、妻に裏切られた武弘は彼女が落としていった小刀を自分の胸に突き刺しました。それほど痛みはなく、意識は徐々に遠のいていきます。すると誰かが側にやって来て、武弘の胸から小刀を抜き取りましたが、彼にはその正体が判らぬまま闇の中に沈んで行きました。




『藪の中』 個人的考察

仮に犯人を推理するなら・・・

真相が判らないまま物語の幕が閉じるので、これまで多くの研究や論文によって犯人を導き出そうとしたようです。しかし昨今では作品の意図は犯人探しではなく端から犯人は存在しないという考察が主流になっています。

とは言え、読了後にもやっとされている人も多いと思いますので、仮説という体で、犯人の正体を考察してみようと思います。

case1:真砂が魔性の女説

これまでの研究の中では真砂が犯人ではないかという推論が多いようです。

多襄丸と武弘の証言には共通して、真砂が夫を殺すように指示したという供述がありました。ところが真砂のみ「夫が自分を蔑むような目で見ていた」という殆ど主観的な感情論の供述をしており不自然ですよね。

凶器となった小刀は真砂の所持品であるため、自分が犯人である証拠を隠滅するために後に武弘の胸から抜きにやって来たと考えれば大方の辻褄は合います。

ただし、根本的には各個人の証言は矛盾しているため、絶対的な真相を導き出すのは不可能です。真砂が犯人だと推測した場合、妻に裏切られた武弘の死霊が自殺だと言い張って真砂を庇う義理はありませんよね。かろうじて多襄丸は、夫婦への哀れみから、正々堂々戦って殺したという美談にすり替えたと推測できますが、それもやはり不自然です。

武弘と多襄丸の証言に、真砂の人間性を疑ってしまうような言動が記されているため、必然的に彼女を犯人に仕立て上げてすっきりしたい読者の願望がこの説を助長しているのかもしれません。

case2武弘の自殺説

あるいは、妻に裏切られた武弘が自殺したという推論も当然存在します。

自分を殺すように叫び立てた真砂の裏切りに絶望し、自分で自分の胸に小刀を突き刺したとういう武弘本人の主張通りの考察です。

その場合、死ぬ間際に小刀を抜きに来たのは恐らく真砂になるでしょう。一度は逃げ出したものの、やはり正気になって藪の中に戻れば夫が死んでおり、咄嗟に自分の小刀を抜き取ったのかもしれません。(証拠隠滅のためか、哀れんで抜いたか)

夫が死んでいた事実に対して頭の整理ができない真砂は身を隠しているものの、自分の裏切りのせいで夫が死んだという罪悪感から、自分が犯人だという偽りの懺悔を仏にしたとも考えられます。

どちらの説が正解ということはありませんが、少なからず多襄丸が殺した説は取って付けたようですし、利己的な主張も夫婦を庇う義理もないので、信憑性の優先順位は低いでしょう。

ただ1つ判っている事実としては、物語の世界では多襄丸が犯人にされたということです。前半の証人たちの証言に関しては検非違使が尋問している形式がとられています。そして多襄丸は既に身柄を確保されているので、「白状」という形になっています。おそらくこの後に処刑されたことでしょう。

ところが真砂の場合は「仏に対する懺悔」ですし、武弘は「死霊の身」であるため、二人の証言は非現実の観念的な世界での語りになっているわけです。つまり読者としては犯人の不在にあれこれ推測するわけですが、物語の中の世界では多襄丸が犯人という認識で解決してしまったということです。

犯人は存在しないという考察

無理くりな辻褄合わせで、2パターンの考察をして犯人を導き出しましたが、前述の通り現在では端から犯人は存在しないという考察が主流です。

芥川龍之介はミステリーやサスペンスを描こうとしたのではありません。事の真相は各個人の立場や、傍観者としての問題からの距離感や、あるいは年月や時代によって何通りも存在するという人間社会の写し鏡となる主題を表現していたのでしょう。

そして多襄丸が犯人として処刑されることからも、真相は何通りもあるかもしれませんが、大抵は真偽の程は別として、誰かが決めた答えが真相を支配するという教訓も読み取れます。

人間社会の真実の滑稽さ、であります。




各個人の主人公願望

本作で興味深いのは、主人公が存在しないという実験な形式で描かれている点です。

正々堂々戦って武弘を殺したという主張の中では、多襄丸が主役です。夫を殺して自分も死のうとしたが死ねなかったという懺悔の中では、真砂が主役です。妻に裏切られて自殺したという証言の中では、武弘が悲劇の主人公です。

言うなれば、3人ともが主役願望の強い証言をしたために、物語自体から主役が抜け落ちてしまっているのです。3人の自我が互いに衝突しあって、どの人物を基盤に物語を捉えればいいのかが判らなくなっています。

これは芥川龍之介お得意の、人間のエゴにまつわる鋭い表現でしょう。

つまり世間に注目されるような事件に対して、誰しもが主役になりたがる性質があるということでしょう。3人がこの『藪の中』の物語の主役の座を争って、好き勝手に偽りの証言をしたと考えれば、虚構と現実の境界が崩れて非常に面白い作品に感じられます。

それだけではなく、前半の証人も犯人は多襄丸に違いないと豪語していました。当事者ではないくせに必要以上に事件に関与したがる、出しゃばりで下品な民衆の様子が見て取れます。

人間の自我のせいで真実は好き放題ねじ曲げられてしまうという教訓を、作品を通して訴えていたのではないでしょうか。

映像作品で楽しむ『藪の中』

本作『藪の中』はなんと、あの日本の偉大な映画監督・黒澤明によって映像化されています。彼が「世界の黒澤明」として名を轟かすきっかけになった作品です。

『羅生門』という紛らわしいタイトルですが、『藪の中』を原作に製作されています。

今なら、ユーネクストの31日間無料トライアルで映画『羅生門』が鑑賞できます!

ちなみにU-NEXTは他社と比べて圧倒的な作品数を誇るサービスです。

サービス名見放題作品数
U-NEXT約15,960
Netflix約4,010
アマゾンプライム約3,960

無料トライアル期間に、芥川龍之介と黒澤明の歴史的なコラボを楽しんでください!

電子書籍での読書がおすすめ!

『藪の中』を読むにあたって、「Kindle」がおすすめです。

当ブログの筆者は、アンチ電子書籍、紙媒体でないと読書なんて・・・と考えていました。

一方で電子書籍には、利点があります。

  • 紙の本より価格が安い
  • 場所を取らない
  • 持ち運びに便利
  • 紙媒体と変わらない視覚感で読める

これらを知って以来、私は電子書籍でも読書をするようになりました。

「Kindle」の魅力については下の記事にて紹介していますので、アンチ電子書籍の人は騙されたと思って読んでみてください。

以上、芥川龍之介の『藪の中』のあらすじ考察を終了します。

長い間お付き合いありがとうございました。この文章が気に入った方は、是非シェアをお願いいたします。




コメント

タイトルとURLをコピーしました