芥川龍之介『藪の中』あらすじ解説|犯人を考察 黒澤明『羅生門』紹介

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藪の中 散文のわだち

芥川龍之介の小説『藪の中』は、芥川史上最も謎多き作品です。

ある殺人事件について、各人の証言が食い違い、犯人が分からないまま物語が終わります。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。

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作品概要

作者  芥川龍之介(35歳没)  
発表時期1922年(大正11年)
ジャンル短編小説
ページ数18ページ
テーマ利己的な証言
主役願望
事実の不明瞭さ

あらすじ

あらすじ

藪の中で男の死体が発見された。検非違使けびいしが尋問する形式で目撃者の証言が記される。

殺された男は武弘、一緒にいた女は妻の真砂まさご、そして多襄丸たじょうまるという男が容疑者として拘束されている。以下、三人の告白が順に記される。

①多襄丸の告白
多襄丸は犯行を認めている。偶然武弘と真砂を見かけた多襄丸は、真砂の美しい顔立ちに惹かれ、自分のものにしようと決心する。武器を安い値段で売るという交渉で武弘を藪の中に連れ出し、杉の木に縄で縛り付けた。次に真砂を藪の中に呼び出した。状況を理解した真砂は、二人の男と関係は持てないので、決闘して生き残った方と添い遂げると言った。そのため正々堂々勝負し、多襄丸は刀で武弘を殺した。ところが真砂は逃げ出した。人を呼ばれる危険を感じた多襄丸は、保身のために武弘の弓や太刀を持って逃げ出した。太刀は都に入る前に処分した。既に死刑を受け入れているため、証言に偽りはないと多襄丸は主張している。

②真砂の告白
木に縛り付けられた夫に駆け寄ろうとした真砂は、夫の目の前で多襄丸に強姦された。すると夫の目には真砂に対する軽蔑の色が浮かんでいた。気を失った真砂が目覚めると、既に多襄丸の姿はなく、依然として蔑む目の夫が木に縛られていた。恥を見られた真砂は夫を殺して自分も死のうと考える。ところが、落ちていた小刀を夫の胸に突き刺したものの、当の自分は死に切る事ができなかった。

③武弘の死霊の告白
真砂を強姦した多襄丸は、彼女に自分の妻になるよう持ちかけた。すると真砂は誘いを受け入れ、武弘を殺すよう多襄丸に命じた。さすがに驚いた多襄丸は、詰め寄る真砂を蹴り倒し、武弘に同情を示す。その間に真砂は藪から逃げてしまった。憐れんだ多襄丸は、武弘の縄の一部を切ってから去っていった。妻に裏切られた絶望から、武弘は彼女が落としていった小刀を自分の胸に突き刺した。すると誰かが側にやって来て、武弘の胸から小刀を抜き取ったが、彼にはその正体が判らぬまま闇の中に沈んでいった。

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個人的考察

個人的考察-(2)

仮に犯人を推理するなら・・・

本作では、犯人が明かされないまま物語の幕が閉じるので、困惑した読者も多いだろう。

事実、これまで多くの論文で犯人を導き出そうとしてきたようだ。しかし昨今では、作品の意図は犯人探しではなく、端から犯人は存在しないという考察が主流になっている。

とは言え、読了後にスッキリしない人も多いと思うので、仮説という体で、犯人の正体を考察しようと思う。

case1:真砂が魔性の女説

これまでの研究では真砂が犯人ではないかという推論が多いようだ。

多襄丸と武弘の証言では、真砂が武弘を殺すように指示したという供述が共通している。ところが真砂のみ、夫が自分を蔑むような目で見ていた、という主観的な感情論を露呈しており不自然だ。

凶器となった小刀は真砂の所持品であるため、証拠を隠滅するために武弘の胸から抜きにやって来たと考えれば大方の辻褄は合う。

とは言え、真砂が犯人だと推測した場合、妻に裏切られた武弘の死霊が、自殺だと言い張って真砂を庇う義理はない。

武弘と多襄丸の証言に、真砂の人間性を疑ってしまうような言動が記されているため、彼女を犯人に仕立て上げてスッキリしたい読者の願望がこの説を助長しているのかもしれない。

case2:武弘の自殺説

妻に裏切られた武弘が自殺したという推論も有力である。

つまり、真砂の裏切りに絶望し、自分で自分の胸に小刀を突き刺したとういう武弘本人の主張通りだ。

その場合、死ぬ間際に小刀を抜きに来たのは恐らく真砂になるだろう。一度は逃げ出したものの、やはり正気になって藪の中に戻れば夫が死んでおり、自分が犯人と勘違いされることを恐れて、咄嗟に自分の小刀を抜き取ったのかもしれない。

夫が死んでいた事実に対して頭の整理ができない真砂は逃亡したものの、自分の裏切りのせいで夫が死んだという罪悪感から、自分が犯人だという偽りの懺悔を仏にしたとも考えられる。

どちらの説が正解とも言えないが、少なからず多襄丸が殺した説は取って付けたように感じる。元より盗人である多襄丸に、夫婦を庇う義理もないので、信憑性の優先順位は低い。

ただ1つ判っている事実としては、物語の世界では多襄丸が犯人にされたということだ。死刑が確定している身だからこそ、いっそのこと自分の犯行に仕立て上げて、死後も自分の悪名高さを残そうと考えたのではないだろうか。

いずれにしても、真砂が性悪な女だった、という結論であれば、大方辻褄が合うように思う。

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犯人は存在しないという考察

前章では、2パターンの説を導き出した。しかし前述した通り、現在では端から犯人は存在しないという考察が主流だ。

芥川龍之介は決してミステリーやサスペンス作家ではない。純文学作家である。ともすれば、そこには社会的・文学的なメッセージが込められているはずである。

芥川龍之介が本作で伝えたかったメッセージとは・・・。

それはつまり、真相の曖昧性ではないだろうか。各個人のエゴや欺瞞、傍観者のヒロイズム、あるいは年月や時代によって事実は何通りも存在する、という人間社会の実態を伝えたかったのかもしれない。

そして多襄丸が犯人として処刑されることからも、真相は何通りもあるかもしれないが、大抵は真偽の程は別として、誰かが決めた正義感によって断罪される、という教訓が読み取れる。

事実が重要ではなく、権力者に都合のいい答え、大衆が納得する答えを優先する、人間社会の滑稽さが描き出されているように感じる。

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